第13話 その夜空に立ち、星は互いの星となった −1−
シュナーリアの屋敷を後にした余は、一人、またがった地竜をゆったりと歩かせながら……王城への帰途についていた。
王都の中心街を通り抜けるのが最短だが、敢えて、城壁に沿うような、大きく迂回する遠回りの道を選んでいく。
こうして日が落ちる時間ともなれば、特に人気の無い……静かな道を。
「……偉大なる星、わたしの星――か……」
別れ際に、シュナーリアが余に投げかけた言葉を思い返しながら……夜空を見上げる。
その、芝居がかった大仰にも聞こえる台詞は――。
余にとっても、決して忘れ得ぬものだった。
……そう、あれは……こんな風に、〈魔領〉では珍しく澄んだ空の夜。
果てなく瞬く、数多の星に――その変わらぬ輝きに。
先祖の魂を見、願いをかけ……そして日頃の感謝を捧げる、〈星祭り〉の夜――。
まだ、子供と言える歳の頃のことだった。
余は、相も変わらず強引なシュナーリアに「とっておきのものを見せてやる」と連れ出され……王都からはそれなりに離れた森の奥地へと、2人で地竜を走らせた。
しかしそこに何があるかぐらいは、当然、余でも知っていた。
場所柄、そして季節柄……見渡す限り寒々と凍り付いた、広い湖だ。
そんなものを、こんな〈星祭り〉の夜にわざわざ見に行くとは、いったいどういうつもりなのかと、呆れ返っていた余だが……。
実際に辿り着いたとき――文字通りに、息を呑んだことを覚えている。
そこには……天があったのだ。
頭上に広がるだけのはずの、天が――足下にまでも。
そう――常に凍り付いているだけだったはずの、その広大な湖が……。
その夜だけは、雪にも氷にも閉ざされることなく――ひたすらに澄んだ水鏡となって。
星の瞬く夜空を映し出し……天と地を、一つへと結びつけていたのだ。
「……どうだい、ハイリア! 見事なものだろう!?」
水上歩行の魔法を使い、そっと、波紋も立てずに湖へと歩んだシュナーリアが、そう得意気にドレスを翻しつつ振り返れば……。
それはまさしく――星空の中心に立っているかのようだった。
「今年の気候傾向、ここ数日の気温や天気……などなどなど!
諸々から計算した通りってわけだ――奇跡のような条件が見事に重なったこの夜、この僅かな時間だけ、この光景が見られるはずだ――ってね!
うん――さっすが、わたし!」
大人になった今とさほど変わらない小柄な身体をふんぞり返らせ、熱く解説するシュナーリアに手招きされるまま、同じく水上歩行の魔法で湖面に出れば……。
余もまた……天も地も、見渡す限りの――星空の中に、いた。
「……これは……すごい、な」
「そうだろう?
……まさしく、〈星〉の名を持つわたしたちに相応しい――そう思わないか?」
両手を広げ、片足立ちで……華麗に、くるりと回ってみせるシュナーリア。
そう……。
〈王たる星〉の意の名を持つ余と。
〈世を照らす星〉の意の名を持つシュナーリアと。
星空の真っ只中のここは――まさに、我らのための場所のようだった。
「そう、今、まさにキミは――〈王たる星〉。
この世界で一際強く輝く、偉大な星――わたしの星、だ」
何とも嬉しそうな、楽しそうな顔で……余を見上げながら告げるシュナーリアに。
余もまた、友として、兄弟として、競争相手として――そんな、最も近しくかけがえのない存在である婚約者へと、心からの言葉を返した。
「では、今、まさにお前も――〈世を照らす星〉。
この世界の、そして余の道行きを照らす、標たる星――余の星、だ」
――それまでも、シュナーリアは余にとって一つの目標であった。
その様々な分野においての天才ぶりに、余も王子として――そして最も近しい者として、負けてはいられぬと、奮起してきた。
だが……このとき。天地を覆う、星の海の中心で。
そんなシュナーリアが、余を『自らの星』と認めてくれたことで……。
余もまた改めて、あやつこそが『我が星』であると……認められたのだろう。
そう、それは……近くにあって、どちらが星に相応しいかと、輝きの優劣を必死に競う――そうしたものではなく。
こうして、果てなき星の海の中で。
互いが、それぞれの輝きを放ち……互いに、目指すものにも見守るものにもなるのだ――と。
それは、必ずしも、これまでの関係を大きく変えるようなものではなかったが……。
しかし、お互いの存在を――我らがお互いにとって何者であるかを、明確に位置付けた……そんな出来事だったのだ。
そんな、印象深く――そして互いにとって大切なものであるだろう台詞を投げかけられたとあれば……余も、つい考えに耽ってしまう。だが――。
「やはり……シュナーリア、お前のそれは、理想に囚われ過ぎているのだ……。
〈魔王〉たる余が――そして〈勇者〉が進む、その道の先には……結局、互いの存亡を賭けた戦いしかない。
互いが、その民の希望を背負う以上は……それしか無いのだ――」
――澄んだ夜空には、変わらず、数多の星が瞬く。
その輝きの中に、あの〈星祭り〉の日に見出した道を……今も、真っ直ぐに進んでいるはずだと、余はそう信じている。
ならばこそ……シュナーリア、お前の言うように――。
余は、余の最善と信じるやり方で……魔族と人族の断絶を埋めてみせよう。
この破壊のチカラを持って、世界そのものではなく――今の『世界の在り方』を壊し、新たな秩序を築いてみせよう。
それが……お前の望む、余の『輝き』ではなかったとしても。
お前であれば、お前の『輝き』であれば――。
そんな世界にも、きっとまた……新たな道を照らし出してくれると、そう信じて。
「……さて……」
――王城への道行きも、半ばまで来た。
自らの決意を確かめ直し、思索を終えたところで……余は地竜を止め、暗がりに静かに居並ぶ街路樹の一つへと視線を向ける。
そうして――。
「……余に何用か。
語りたいことがあるのならば、隠れて窺うばかりでなく、前に出て申してみよ。
それが言葉でも、刃でも――そちらに覚悟があるのなら、応じてやろう」
先程から、余をつけるように一定の距離を開けて動き……今はその向こうに隠れている人物に向かって、告げてやった。
すると――さしたる間も置かず、人影が木陰から飛び出し……余の前で跪く。
「……私でございます、ハイリア様。
紛らわしい真似を致しました――申し訳ございません」
「キサマだったか……クーザ」
余の言葉に応じて現れ、頭を深々と垂れる、長身痩躯の壮年の男――。
それは、〈列柱家〉の1人でもある〈妖人種〉の長、クーザであった。




