第12話 乙女は抗う、病にも慣例にも −3−
「……と、ガガルフに拠れば、今のお前の立場はそういうこと――らしい。
お前が研究に注力することについては余が許しを出しているのだし、今さら愛想を振りまけなどと言うつもりももちろん無いが……。
このようなときだ、わざわざ要らぬ反感を買うこともあるまい……一度は、直に状況を確かめるためにも、戦場に顔を出すのも悪くはなかろう。
――ガガルフに任せている方面でなら、面倒ごとにもならぬだろうしな」
ガガルフから受けた報告について話したハイリアは、わたしの反応を見るように、神妙な面持ちで、その青く澄んだ目を向けてくる。
対してわたしといえば――
「ふぅん……。
まあ、こうなるのは分かりきっていたことだし、本当に今さらな話ではあるけれど……。
わざわざわたしの身を案じて忠告してくれたんだ、気には留めておこう。
――それよりも、だ……!」
自然と、頬が緩むのを感じていた。
そう……思っていた以上の、僥倖の気配に。
「まさか、当代の〈勇者〉が、そんな人物だったとはね……!
ガガルフも、良い情報を持ってきてくれたよ……!」
「……随分と、嬉しそうだな?」
魔王として、勇者と聞いて喜ばれるのを見るのはさすがに複雑なんだろう、渋面を作るハイリアに……しかしわたしは対照的な笑顔で応える。
「それはそうだ、当たり前だろう?
魔族と人族が和解を成す上で、それぞれの民の想いを一身に受ける、魔王と勇者という存在は非常に重要な要素だからね。
もしどちらかだけでも、相手を滅ぼすことしか考えないような人物だったなら――それだけで、和解なんてとても成り立たなくなってしまう。
――そもそも、わたしが和解を訴えたのはだね……ハイリア、キミが当代の魔王となる人物だったからだ。
キミがキミであるのなら……これまでの魔王ではあり得なかった、和解への道が開けると信じたからだ。
ただし、それでも……勇者の側にその気がなければ、そうした人物でなければ――やはりどうしようもなかったかも知れない。
そこへきて、勇者もまた――我ら魔族を、単純に悪と断ずるような人物で無いと知れたんだ……!
こんな、まさしく千載一遇の巡り合わせを前にして、嬉しくないはずがないじゃないか!」
「やはり、まだその主張を捨ててはいないか……。
お前のことだ、当然そうであろうと思ってはいたが」
眉間のシワを濃くしながら……ハイリアは小さなタメ息をついた。
「……そろそろ現実を見ろ、シュナーリア。
お前が以前から語ってきた、魔族と人族それぞれの、様々な技術や文化を交流することによる恩恵――その一面については、理解出来るところもある。
だが、それは……今、こうして我ら魔族が自然と『戦う』という道を選んだように――覇を唱えた戦いの果てにしか結実せぬものだ。
つまり、〈勇者〉がどのような人物であろうと関係は無い。
……良いか、何度でも言うぞ?
我らは、共存は出来ても――共栄は、有り得ぬのだ」
「なあ、ハイリア……以前、わたしがキミに言ったことを覚えているか?
――キミはね、なまじ頭が良いせいか、考えすぎるきらいがあるんだ……って」
ハイリアの苦言に、わたしは……自分の気持ちと身体の調子を整えるよう意識しながら……ゆったりと、お茶を口に運ぶ。
「世界はそんな単純じゃない、簡単じゃない――だから、出来ない?
そうじゃない、逆だ。逆なんだよ。
だからこそ……シンプルに、最も良い道を選ぶんだ。その道を拓くんだよ。
――だってさ、動かなければ……何も変わりはしないじゃないか?」
「………………。
こんな状況になっても、我らのこの議論については……。
普段と同じ、やはり平行線――か」
しばし、目を伏せ……ハイリアはゆったりと首を左右に振る。
何度言ってもムダか、とばかりに。
「シュナーリア、お前の『研究』が、様々な分野に向かっていることは理解している。
そして、そのうちの1つに、『和解の方法』が含まれていたとしても……それ自体を咎めるつもりはない。
だが……くれぐれも、魔族を裏切っていると――そう疑われるような真似だけはしてくれるなよ?」
続けてのハイリアのその言葉に……わたしは、ふふ、と、彼からは見えないように微かに笑う。
……裏切るな、ではなく――疑われるな、か。
こうして主義主張が割れようと、信用してくれているのだ――ハイリアは。
わたしがどのような言動をしようと……その心底からの裏切りだけは絶対に無い、と。
……ああ、そうだよハイリア。
わたしは、キミにウソをつくし、騙すし、隠し事もするけれど。
キミを、裏切ることだけはしない――絶対に、ね。
「それと――だ」
チラリと、部屋の柱時計を確認してから……ハイリアは静かに立ち上がった。
そうして――
「お前がどう見ようと……余もまた、〈魔王〉でしかない。
破壊の権化とはならずとも――お前の望むような、和平の象徴とも成り得ぬよ」
どことなく寂しげに、そんな言葉を置き……美しい銀髪を翻してドアへ向かう。
わたしは、その背中へと――。
「キミが、わたしを信じるように……わたしもまた、信じているんだよ。
……そう、ハイリア――偉大なる星、わたしの星……。
キミの輝きは必ず、魔と人の断絶に架かる橋となるだろう。
だからどうか、その輝きを――いつまでも」
立ち去っていく、その背中へと。
心からの――嘘偽りの無い言葉を、投げかけた。




