第10章―2
改めてドイツ政府というか、ヒトラー総統がノルウェーにドイツ軍を展開させる(これを、ノルウェーを保障占領するためというか、ノルウェーへの侵攻というか、はそれこそ主張者次第だろう)ことを、本格的に検討しだしたきっかけは、参戦に伴う日本海軍(及び海兵隊)の派兵が発端だった。
勿論、それ以前からドイツ政府や軍内部に、ノルウェーにドイツ軍を展開させるべき、という主張が皆無だった訳ではない。
特に海軍内では、そういった主張が活発だった。
第一次世界大戦において、ドイツの潜水艦部隊は猛威を振るったが、そうは言っても、ドイツ本土のみを出撃拠点とするだけでは、ドイツの潜水艦部隊は充分な戦果を挙げられたとは言い難かった。
来るべき新たな(第二次)世界大戦においては、更なる潜水艦の出撃基地が必要不可欠だ。
北海沿岸の基地では、英仏両国の本土に近く、空襲等による危険が極めて高い。
バルト海沿岸の基地では、ユトランド半島等によって扼された海峡を通航しないと、ドイツ潜水艦部隊は北大西洋へと出撃できず、これまた、待ち伏せ等によるリスクが極めて高い。
そうした危険を避けるとなると、フィヨルド等によって天然の良港が多いノルウェーに、ドイツ海軍の出撃基地を設けることが必要不可欠である。
そう言った背景事情から、ドイツ海軍は再軍備が始まってから、ノルウェーへの侵攻作戦を内々に検討し続けていたのだ。
他にも既述だが、ノルウェーのナルヴィク港からノルウェーの領海内を通って、ドイツ本国へ運ばれるスウェーデン産の鉄鉱石を中心とする鉱産物は、ドイツの戦争遂行に必要不可欠と言える存在だった。
そして、ノルウェー全土を占領すれば、ノルウェーを出撃拠点として、ドイツ空軍の攻撃範囲は英本国に及ぶという利点もあった。
例えば、ベルゲンから英海軍の一大根拠地と言えるスカパ・フローまでは、約250海里しか離れておらず、それこそ単発機でも攻撃可能な圏内に入ってしまう。
そういった複数の事情から、ドイツ政府や軍部はノルウェーを保障占領(侵攻)しようという計画を、第二次世界大戦勃発以前から、それなりに検討してはいた。
だが、その一方で、ドイツの海軍戦力は、英仏に比して極めて弱体な現実がある。
そうしたことから、ノルウェーへの計画は研究段階に、第二次世界大戦勃発直後は止まっていた。
それを一変させたのが、日本海軍(及び海兵隊)の欧州派遣だった。
ドイツ政府や軍の一部は、これだけの戦力を日本が派遣するのは、ノルウェーの保障占領を英仏と共に行うためではないか、と勘繰る事態が起きたのだ。
(更に言えば、カナリス提督も、その可能性を否定できなかった。
日本海軍の欧州派兵は、自分の転生前知識では全く起こっていなかった。
そして、想定と異なる第二次世界大戦になったことから、カナリス提督は完全に自信喪失状態になっていた、と言われても過言ではない精神状態だったのだ)
そんなことからやられる前にやれ、と言わんばかりに、ドイツ政府、軍のノルウェーの保障占領(侵攻)計画は、1939年12月から急きょ、本格化することになった。
そして、その間にも、英国政府はノルウェー領海内への機雷敷設計画、更にそれに伴う陸軍等の派遣によるノルウェーの保障占領計画を、密やかにドイツ政府、軍にチラつかせるようになった。
又、実際に日本海軍及び海兵隊が、英本国に到着する事態が起き、この戦力が何処に投入されるのか、ドイツ政府、軍にとっては悩む事態も生じることになった。
それらが合わさったことから、1940年2月、具体的には9日を期して、ドイツ軍はノルウェーの保障占領(侵攻)計画を断行することになった。
何で2月9日にノルウェーにドイツ軍が侵攻したのか、というと。
史実でノルウェー侵攻が行われたのは4月ですが、これは新月期の大潮に合わせたという情報を私が読んだことから、それと同様の新月期に、ノルウェー侵攻を行うのが相当と考えました。
更にそうすれば、夜の闇を活用して、艦隊の進路を偽装しやすいメリットがあります。
とはいえ、このことは夜戦が得意な日本海軍にとって、逆に有難かった、という事態が起きます。
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