第10章―1 ノルウェー救援
新章である第10章の始まりになります。
尚、最初の話は、史実でもほぼ同様でしたが、この世界のノルウェーの軍備の話になります。
さて、(この世界では)1940年2月の時点で、英仏日、更にはドイツから注目を受けることになり、間接的にはソ連とフィンランド間の「冬戦争」にも影響を与えることになるノルウェーの軍備等について述べるならば、極めて不十分としか、言いようが無かった。
例えば、陸軍は書類上は戦時には6個師団が編制されることになっていたが、平時の戦力として考えるならば、それこそメタい史実で言えば、自衛隊創設前の警察予備隊の管区隊に近い存在としか、この当時のノルウェー軍は言いようが無かった。
各師団の司令部とデポセンター(補給処)は常設されていたが、各師団の平時定員は極めて乏しく、全師団を併せても2万人程しか存在しない有様で、戦争の可能性が高まった段階になれば動員令を発動し、それを郵便で通知することで、動員兵を各師団に集めて師団編制を果たして、戦うことになっていたのだ。
更に言えば、各師団は歩兵2個連隊を基幹としており、戦時には各師団に設けられている士官学校を基盤として、予備大隊等を編制して、更なる戦力強化を果たす予定だった。
そうしたことまで考えあわせれば、師団と言うよりも軽師団か、旅団としか言いようが無かった。
(そんなことから、この際に史実を述べれば、ナルヴィク周辺で奮闘した第6師団以外の5個師団については、最大で5000名程しか、各師団は集められずに、ドイツ軍に抗戦することになったのだ)
そうしたことから、英仏日の各国政府、軍部は、ノルウェーにドイツが侵攻作戦を展開した場合、ノルウェーが抗戦するのは極めて困難である、と考えていた。
更にはノルウェーの戦略的重要性から、英仏日側が保障占領すべきである、とも考えていたのだ。
だが、これは裏返せば、ドイツにとっても、ノルウェーは極めて重要と言える存在だった。
既述だが、冬季になるとバルト海の多くが氷結する以上、スウェーデンの鉄鉱石は、不凍港であるノルウェー領のナルヴィク経由で輸入されているのだ。
更にベルゲン等のノルウェーに、英仏日の航空隊が侵出する事態が起きれば、バルト海の制海権に対する重大な脅威となり、ドイツ艦隊にとって安寧の地は失われることになるだろう。
又、ドイツ海軍の切り札ともいえる、ドイツ潜水艦部隊にしてみれば、バルト海にほぼ逼塞を強いられる事態さえも起きかねない。
北海沿岸の軍港は、常時、英仏日の航空隊の空襲を警戒することになるだろうし、バルト海と北海を結ぶ海峡は極めて狭いモノばかりだ。
そうしたところに、英仏日に因って、大量の機雷敷設等が行われては、ドイツ潜水艦部隊が、北海で通商破壊戦を展開しようとするのは、文字通りに不可能になりかねない。
そういった事態を予め防ぐとなると、ドイツはノルウェーに軍を進駐させる必要があった。
尚、この当時、こういった英仏日の各国政府の思惑や、ドイツ政府の思惑を、ノルウェー政府とて全く察していなかった訳ではない。
だが、これまでの中立政策が、自らの手足を縛っていた。
更に言えば、中立政策を支持する国民の声は極めて高く、その為に政府としては行いたい、フィンランドへの様々な支援さえも、それこそ大戦に自国が巻き込まれるとして、反対の声が国民の間では極めて高かったことから、支援が行えない現実があったことからすれば。
そして、せめてもの自国の防衛力強化の為の軍隊の部分動員さえ、それこそ却って大戦に巻き込まれる危険を高めるとして、国民が広汎な反対運動を展開する有様では。
ノルウェー政府は動くに動けない状況であり、その為に英仏日、ドイツの行動を結果的に看過したと言われても仕方のない事態が、この後で引き起こされることになった。
何で軍隊の部分動員が不味いの?
という疑問を持つ人がおられそうなので、補足説明します。
この1940年当時、軍隊の動員を部分的にでも行うことは、それこそ第一次世界大戦が、結果的に主要各国の動員から起きたこともあり、それこそ自分から参戦準備をする為だ、と国の内外から見られる行為になっていたのです。
そうしたことから、ノルウェー政府は、自らは戦争をするつもりはない、というのを国内外に示す為にも部分動員を躊躇うことになり、結果的にノルウェーにドイツ軍が侵攻した際に抵抗が困難になる事態が引き起こされたのです。
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