第9章―12
結果的に日本の第一海兵師団が、英本国にたどり着いたのは、1940年1月になってからのことになった。
間接護衛艦隊が、南大西洋でのドイツ水上艦による通商破壊戦を阻止しよう、と10日余りに亘って、索敵行動を行ったことから、結果的にジブラルタルで、第一海兵師団が乗り組んだ輸送船団と直接護衛艦隊は足止めされることになったのだ。
尚、間接護衛艦隊を指揮していたのは、第二艦隊司令長官の古賀峯一中将だった。
これまで航空隊を指揮した経験が無いことから、古賀中将に間接護衛艦隊を指揮させて良いのか、という声が海軍部内で挙がっていたことから、却って古賀中将は意固地になって、10日余りも南大西洋で懸命にドイツ水上艦を捜索発見して攻撃しようとしたのだ。
(更に言えば、ドイツ水上艦は南大西洋から撤収して、北大西洋で通商破壊戦を行った後、ドイツ本国に既に帰還を果たしていたのだが、それを日本どころか、英仏両国もその時には把握していなかった)
そのために年明けに、第一海兵師団は英本国にたどり着くことになったのだが。
日英仏各国の政府、軍は、この第一海兵師団の投入、運用について、それぞれの立場、思惑から激論を交わすことになった。
第一海兵師団は、海兵(歩兵)9個大隊を基幹とする部隊であり、充分に英仏両国の陸軍歩兵師団と同等と見られる戦力を有しているが、所詮は1個師団なのだ。
それこそファニーウォー状態の独仏国境方面に増援として送るには、戦力として少なすぎた。
かといって、他にドイツ軍の攻勢の為に、第一海兵師団を投入すべきところがあるのか、というと。
そんなことから、第一海兵師団は英本国内の駐屯地において、「急いで待つ」しかなかった。
その為に、ある意味では間抜けに見えることになるが、当面の間、第一海兵師団は英本国で訓練に勤しむことになった。
とはいえ、これはこれで戦力の遊兵化ということになる。
そうしたことから、英国は謀略を巡らすことになり、日仏は暗黙の同意を与えることになった。
さて、英国がどんな謀略を行ったのかと言うと。
ノルウェー領海内への秘密裏の機雷敷設だった。
その背景だが、この1939年の秋から1940年春に掛けて、スウェーデンから産出される鉄鉱石等は、冬季はバルト海が氷結することから、不凍港であるノルウェーのナルヴィクへと運ばれ、中立国のノルウェーの領海を基本的に通って、ドイツへと運ばれていたのだ。
更に言えば、ソ連とフィンランドが行っている「冬戦争」で、フィンランドを支援したいという日英仏の思惑もあった。
この当時、ドイツとソ連は半同盟関係にあったと言っても過言では無く、更にポーランド東部やバルト三国を、ソ連は事実上は併合しつつあった。
そう言った状況から、敵の敵は味方の論理等から、日英仏はフィンランド支援を考えていたのだが、その為にはノルウェーやスウェーデンの領内を通行する必要があった。
しかし、ノルウェーやスウェーデンは伝統的な中立政策から、日英仏の領内通行要請を拒否していた。
こうした状況から、英国はノルウェー領海内に密かに機雷を敷設することで、鉄鉱石等の輸送を妨害すると共に、ノルウェーの中立維持能力について、ドイツに疑問を抱かせようとしていたのだ。
ドイツがノルウェーに侵攻すれば、ノルウェー救援を大義名分に、日英仏はノルウェーに派兵できる。
そして、ノルウェーに展開した日英仏軍は、フィンランドを支援できるという謀略である。
尚、機雷敷設は秘密裏に行うことになっていて、密輸入されたドイツ製機雷を実際に使うという念の入れようだった。
機雷が発見されても、ドイツの自作自演の謀略を装うことになっていたのだ。
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