第9章―11
私自身が旧作の「サムライー日本海兵隊史」を描いた際に驚いたのですが、1939年9月時点で世界最大の潜水艦の保有数を誇っていたのは、ソ連だったようです。
(ちなみに次点が、イタリアで115隻)
勿論、潜水艦の大きさ等は敢えて無視した数字ですが、それにしても日本海軍は潜水艦を重視していた、と言いつつも、潜水艦を艦隊決戦の為だけに整備していたこと等を考えると、色々と考えざるを得ません。
そうしたことを突き詰めて考えて行けば、連合艦隊解体論というか、連合艦隊を海軍総隊に再編しようと言うのは、昨今の国際情勢も考えあわせれば、当然の考えと言うしかない。
そもそも論になりかねないが。
独ソ不可侵条約が締結された結果、独ソは半同盟関係を結んだも同然なのだ。
もし、ドイツが英仏と戦っているのを良いことに、ソ連が満蒙を解放するとの大義名分を掲げて、満州国及び日本への侵攻作戦を発動する事態が起きたら。
言うまでも無いことだが、この1939年9月当時、全部で168隻という世界最大の潜水艦部隊を、ソ連は保有している。
更に言えば、ラッパロ条約締結と同時に行われた独ソの様々な秘密裏の軍事協力によって、第一次世界大戦で猛威を振るった独潜水艦部隊の様々な戦訓の提供を受けた上で、ソ連潜水艦部隊は着々と整備が進められていたのだ。
ウラジオストックを主な根拠地としているソ連太平洋艦隊所属の潜水艦だけで、76隻に達している。
そこに北方艦隊やバルト海艦隊から、北極海経由で更なる増援が行われる危険性までも考えるならば。
そして、ソ連全土で80隻(太平洋艦隊に限れば16隻)の潜水艦が建造中であることまで考えれば。
万が一と言えるかもしれないが、対ソ戦勃発に備えた準備を、日本海軍は調えるべきだ、という主張がそれなりどころではなく、日本海軍内で高まるのは当然のことだった。
だが、伏見宮軍令部総長やその周辺の面々は、そういった主張に対して耳を塞いでいる。
それこそ日本海軍は、万が一の対米戦に備えて孜々営々と整備されてきたのだ。
そのために特化していると言っても過言ではない。
それなのに、対ソ戦に備えて、海軍は様々な行動を執るべきだ、というのは、これまでの日本海軍整備を否定するもので、断じて受け入れられない、というのが、(流石に表立っては、昨今の状況から言えないが)伏見宮軍令部総長やその周辺の面々の主張だった。
(この辺りは、メタい話になるが、現実の日本社会でも起きているとしか言いようが無い。
それこそ米価の暴騰が起きているのに、事実上の減反政策を今後も日本政府は続ける、と主張していて、それに農協を始めとする様々な諸団体が米価維持の為に賛同しているのが、現実の日本なのだ。
減反政策は長年に亘って続けて来たことであり、今更、間違っていたとは言えない、というのが、日本政府の本音でアリ、農協等もそれに加担しているのが、現実の日本の状況である)
だが、そういった主張に加担していては、それこそ目の前の対ドイツ戦に問題が生じるし、対ソ戦勃発に備えた準備も出来ないのは、自明の理である。
そうしたことから、流石に皇族ということで、アンタッチャブルな存在である伏見宮軍令部総長が、軍令部総長を自発的に年齢等から退かれ次第、連合艦隊の解体、海軍総隊への再編を断行すること等で、海軍内の大改革が行われることが、徐々に海軍内では決まりつつあるという噂が密やかに流れている。
米内洋六少佐は、あくまでも無責任な噂だよ、そんなことはアリエナイ話だがね、という枕詞を付けた上で流される噂話とはいえ、余りにも真実味がある、と考えざるを得なかった。
実際に、自分が米内首相や堀海相の立場ならば、こういった改革を推進したい程だからだ。
そんなことを考えつつ、米内少佐は第1海兵師団の一員として、英本国内に臨時に設けられた日本海兵隊の駐屯地へと向かうことになった。
そして、結果的にだが、日本海軍の間接護衛艦隊は何らの戦果も挙げることなく、直接護衛艦隊等と合流して、海兵師団を英本国に送り届けることに成功した。
このことは想わぬことを引き起こすことに後になったのだ。
小説で現実政治の話をするな、と以前にも叩かれましたが。
全く描かないと、却って、小説だからと言ってアリエナイ話を描くな、と言われそうなので、敢えて描かせてもらいました。
(現実でもあるのを指摘したら、指摘した人に、それなら現実を予め描け、と逆ギレされました)
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