第9章―10
更に欧州に赴く輸送船の甲板に立って、潮風に吹かれながら、取り留めも無く米内洋六少佐は考えた。
そう言えば、連合艦隊解体論が、海軍内で密やかにささやかれつつあるらしいが、そんな話が出る事態になるとは、自分には考えもしなかった事態だな。
より正確に言えば、連合艦隊等を再編して、海軍総隊を新たに編制する方向で、日本海軍の改革が行われようとされつつあるようだが。
尚、これはあくまでも、ひそひそ話の段階で、伏見宮軍令部総長が軍令部総長から下りられ次第、連合艦隊等を海軍総隊にするという改革を断行するのでは、という話が出ているに過ぎないが。
だが、その内幕というか、そういった話が出る事情が事情だけに、自分としても真実味がある、と考えざるを得ない。
(メタい話をせざるを得ませんが、この小説中で描いているように、伏見宮軍令部総長は、艦隊派の領袖といえる立場にあったのです)
日露戦争が終わった後、これまでずっと日本海軍は対米戦を想定し、そのために戦力を涵養してきた、と言っても過言ではない。
そして、その為の決戦部隊として、特にワシントン条約体制成立以降、連合艦隊は常設化されて、編制され続けて来た、といっても更に過言ではない。
日本海海戦での大勝利の栄光が、そう言った状態を日本海軍に生み出したのだ。
もし、対米戦が起きた場合、米艦隊との艦隊決戦で、日本海海戦の大勝利を再現することで、日本は勝利の栄光を掴むのだ。
それを一貫して、日本海軍は追い求めて、その為に連合艦隊は編制されてきた、と言っても過言ではなかったのだ。
だが、第二次上海事変勃発に伴う国際情勢の変化は、連合艦隊を急速に色褪せさせつつある、といっても過言では無いのだ。
というか、いざと言う際に備えての対米戦の為に、常設の連合艦隊を維持させる余裕が、今の日本には失われつつある。
それを海軍内外に示す為に、米内光政首相の暗黙の指示を受けて、堀悌吉海相と山本五十六連合艦隊司令長官が裏で手を組んで、欧州に赴く第一海兵師団の輸送船団の護衛という表の大義名分、裏では第二次上海事変で手痛い目を自分達に遭わせた、ドイツへの復讐(江戸の敵を長崎で討つに近いが)という大義名分を海軍内外に示した上で、連合艦隊の中から正規空母4隻、金剛級戦艦4隻等を割いて、それらの艦艇が、欧州に赴くことになった。
更にこの後も、(徐々に兵力が増える予定の)欧州に赴くことになっている日本陸海軍を支援するために、多くの日本海軍の艦艇は、日本と欧州の間の往復を強いられることになるだろう。
そうなると、連合艦隊の存在自体が揺らぐことになる。
連合艦隊は、誰もが明言はしないが、海軍が対米戦の為に編制したのは暗黙の了解だからだ。
そして、連合艦隊の戦力が削られるということは、日本が対米戦の戦力を削るということであり、対米戦を行えなくなるに等しい。
その一方で、英仏等に協力して、対ドイツ戦を行っている以上、連合艦隊を維持するために、艦艇を供出できないのでは、本末転倒も良いところである。
こうした考えが合わさったことから、連合艦隊解体論が唱えられつつあるのだ。
連合艦隊と言われるが、実際には全ての海軍艦艇を所管している訳では無い。
各鎮守府所属の艦隊もいるし、各方面に派出される艦隊は、連合艦隊に所属しないのが当然なのだ。
それなのに何故に連合艦隊が、常に必要なのか。
その理由を外部に示せ、と言われれば、結局のところ、対米戦に常に備えるためだ、としか言いようが無いのが、海軍の現実なのだ。
その一方、現在の日本は英仏と協同してドイツとの大戦中なのであり、米国はどちらかと言えば英仏日寄りの立場を執っているのだ。
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