第9章―8
そんなことが、米内久子とカテリーナ・メンデスの身には起こったのだが。
その前に米内藤子と、その異母弟妹というか、藤子の義兄にして許嫁の仁の異父弟妹である早苗や正、松江がどうなったのか、について触れておくと。
「本当に実の母方祖父母の家に来たと考えてくれれば良いから。私達も、そのつもりで面倒を見るから」
「本当にありがとうございます」
実の母方祖父母の言葉に、藤子は頭を下げながら言った。
実際問題として、藤子(及び早苗や正、松江)にしてみれば、養母の久子は最善の選択をしていた。
既述だが、藤子の父方祖父母、米内洋六少佐の両親と久子の関係は、久子の最初の夫であり、米内少佐にしてみれば長兄になる正一が早世したこと等から、ずっと微妙だったのだ。
そうしたことから、米内少佐は実家への帰省を出来る限りは避ける程だった。
その為に、藤子らは米内少佐の両親とは、疎遠な関係に結果的になっていたのだ。
その一方で、久子は藤子が継娘なのを告げており、その結果、横須賀に藤子らが引っ越してからは、藤子は実の母方祖父母と行き来がある身になっていた。
一部の人からは、関係を断つべきでは、と言われたが。
藤子とその母方祖父母にしてみれば、血縁関係がある以上、行き来があって当然のことだったのだ。
そして、今回の騒動の結果として。
藤子は異母弟妹を連れて、母方祖父母を頼るのに、これまで行き来がある以上、不安を覚えなかった。
更に言えば、弟妹にしてみても、長姉が不安を覚えていない以上は安心できたのだ。
又、早苗や正にしてみれば、この横須賀の地で出来た友人、知人と離れずに暮らせるというのは嬉しいことだったのだ。
(言うまでも無いことかもしれないが、米内少佐の両親の下に引き取られるということは、岩手県に藤子達は引っ越すということであり、横須賀の友人や知人と別れることになるので、藤子達にしてみれば気乗りがしないことだった。
それこそ「遠くの親類(親戚)よりも近くの他人」と、藤子の母方祖父母はいえる存在だったのだ)
藤子の母方祖父母の家は、藤子達がいた官舎と同じ小学校区だったので、藤子や早苗は転校せずに済むことになった。
そして、両親が出征し、兄は海軍兵学校に入学しているということで、藤子達は周囲の人達、これまでの友人、知人にも心配されることになり、藤子の母方祖父母はそういった周囲の目もあって、尚更に藤子達に気を遣って世話をすることになった。
更に言えば、事情を後で知らされた米内洋六少佐は、藤子の母方祖父母に更なる仕送りをすることにしたことも相まって、藤子達は気兼ねすることなく、のびのびと藤子の母方祖父母の下で暮らすことが、基本的に大戦中はできることになったのだ。
こういった状況について、それなりの年齢になっていて、小学校内で同級生等との付き合いがあった藤子や早苗は、こういった状況を訝しむ同級生達の言葉もあって、全く悩まなかったと言うとウソになる。
だが、その一方で、藤子というか、その異母弟妹にしてみれば。
「幼い子どものことが気に掛かるでしょうに。それでも御国の為に、と子どもを預けてまで補助部隊に志願するとは。本当に日本の女性の鑑としか、言いようが無い母上をお持ちですね」
と言う言葉を掛けられることがそれなりにあり、自らの母である久子の行動に疑問を覚えず、逆に誇りに思うことが、徐々に増えることになった。
そして、そういった自らの異母弟妹の状況について、共に過ごしている藤子は、少なからず斜めに見ざるを得なかった。
本当に世界大戦下という異常事態にあるとはいえ、実母が自分達を捨てているのを誇りに思うようになることが、良いこととは思えない。
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