第9章―6
さて、先に義妹、許嫁の藤子からの手紙を受け取った米内仁の反応を描くならば。
実母の久子の行動に、仁は文字通りに呆れかえる羽目になった。
それこそ年末年始の帰省の際に、それなりに母子で色々と顔を合わせて話をしてはいたが。
久子は、日本で女性の補助部隊を陸海軍が編制することになった際、自分が志願するとは、仁には一言も言わずにいたのだ。
更に言えば、藤子や他の子どもにも、久子は直前まで黙っていた。
(この辺り、米内洋六少佐が、妻の久子との会話の内容、久子が女性の補助部隊に志願するつもりだ、との内容を、子ども達に告げていれば良かったのかもしれないが。
米内少佐にしてみれば、子ども達に伝えても、ようやく乳離れしたばかりの子がいる久子が、自分達を事実上は捨てて欧州に赴く等、どう考えても信じられないことだ、と達観してしまったのがあった。
実際、普通に考える程、久子が欧州に赴く等、子ども達にしてみればアリエナイことだったのだ)
そして、藤子からの手紙を受け取った仁は、慌てて母の久子を諫める手紙を書いて送ると共に、何とか海軍兵学校を休んで、実家の横須賀に赴いて、直に母を説得しようとも考えたが。
それこそ戦時中であり、海兵隊が先陣を切って、陸海軍が日本から欧州へと赴こうとしている時期である。
更に言えば、それこそ国策で、女性の補助部隊志願者を募ってもいるのだ。
こうした時期に、幾ら実母とはいえ、女性の補助部隊に志願するな、と説得する為という理由で横須賀にまで自分が赴けるか、というと。
仁は、母にしてやられた、と臍を噛むしかない事態だった。
そして、肝心かなめといえる米内少佐は欧州に赴く途中で、娘の藤子からの手紙を受け取るのは、結果的にだが、3月以降になるのは避けられないことだった。
だから、その間に久子の女性補助部隊への志願は、順調に進むことになってしまった。
藤子は、最後の頼みの綱として、自分からすれば、父方祖父母の米内少佐の両親や、義理の父方祖父母になる久子の実両親に、久子の女性補助部隊への志願を止めるように、久子を説得してもらおうとまでも考えて、行動したのだが。
米内少佐の両親と久子は、米内少佐の兄の正一が病死した際などの行きがかりから、微妙な関係に完全になっている。
更に久子の実両親にしても、これまでの様々な行きがかりから、久子をこの件で説得することについては、微妙に腰が引けてしまった。
そうしたことから、米内少佐の両親に至っては、わざわざ横須賀にまで来て、久子を説得しようとしたのだが、久子はその説得に完全に耳を貸さない有様で、結局は自らの意思を押し通してしまった。
そんなこんなのことが積み重なった末に。
「それでは、海軍の女性補助部隊の一員として、私は出征します」
と久子は出征を見送る人たちに敬礼しながら宣言して。
「米内久子、万歳、万歳」
と近隣の住民から歓呼の声を浴びて、出征することに久子はなった。
藤子は、まだ幼いと言える身ながら、その光景を思い切り斜めに見ざるを得なかった。
近隣住民にしても、
「御国の為に出征します」
という女性を批判すること等、出来よう筈がない。
「御国の為に」
というのは絶対の正義なのだから。
だから、久子が子どもを捨てるようなことをしつつ、女性の補助部隊に志願する、というのを、近隣の住民は挙って称賛する、と言う事態が起きている。
こんな光景が、徐々に広まっていっては、女性の補助部隊志願者は、増える一方になるだろう。
更に言えば、自らの遠縁の米内首相は、これを歓迎するだろう。
少しでも多くの女性を、補助部隊に志願させたい、というのが米内首相の考えなのだ。
藤子は、溜息を吐くしか無かった。
藤子が余りにも大人びている、と言われそうですが。
これまでの様々な経緯から、藤子は大人びざるを得なかった、ということでお願いします。
(何しろ出生から色々あった末に米内洋六家の一員になり、更にその後でも、単なる継子から長男の嫁になる等、様々な紆余曲折が藤子にはあったのです)
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