第9章―4
そんな騒動が米内洋六少佐の家では起こっていたこと等、知る由も無く、米内光政内閣は、事前準備に従って、国家総動員法を発動していた。
又、英国を参考にして、女性から成る補助部隊を陸海軍共に編制することとし、速やかに各種の法令を制定することにした。
「本当に其処までの必要が、今からあるのですか」
女性から成る補助部隊の編制については、さしもの畑俊六陸相も疑問を呈したが、米内首相や吉田茂外相、堀悌吉海相らは強硬にその必要性を主張することになった。
何しろ英国から様々な女性の動員実態についての情報が、日本政府に寄せられてくるのだ。
あの世界の大国である英国が、そこまでの女性動員を行うことで、世界大戦に勝利しようとしているのに、日本が女性を動員しない、という選択肢を採る理由は乏しい。
更に言えば、ドイツと戦う以上、日本軍は基本的に欧州に赴いて戦うことになる。
そうなると、様々な後方支援を行うことは必要不可欠で、それに当たる部隊に女性を投入することが出来れば、前線に赴ける男性兵士を増やすことが出来るし、又、熟練工を工場等から引き抜いて、戦場に赴かせる必要も減る、という事情もあるのだ。
そんなことから、米内首相率いる日本政府は新聞等を使って、英国では女性から成る補助部隊が、陸海空軍で活動していることを積極的に広めることになった。
更には、英国の事情を背景にして、日本でも女性から成る補助部隊を、陸海軍共に保有すべきだ。
男女を問わず、国民の総力を挙げて、この世界大戦を勝ち抜こうではないか、と米内首相率いる日本政府は、世論を煽ることにも努めることになった。
実際問題として、ポーランドが独ソ両国から事実上は挟撃を受けた、と言う事情があったとはいえ、ほぼ一月でポーランドが敗北して、国土が二分されたというのは、日本の世論に多大な影響を与えた。
更にソ連は、ポーランドをドイツとの間で、事実上分割した後、更にバルト三国、フィンランドへと食指を伸ばす姿勢を露骨に示すようになった。
こうした対外情勢の緊迫化は、それこそソ連がバルト三国、フィンランドを制した暁には、満州に侵攻して来るのではないか、という懸念を多くの日本の国民に抱かせるものだった。
更に言えば、この世界では日独伊防共協定は締結されておらず、英仏はドイツの攻勢に備えるのに手一杯で、ソ連は全力で満州に侵攻しようとすれば、日本は事実上は単独で、ソ連軍の攻勢に対処しなければならないという事情まで加わってくる。
こうした背景事情から、日本政府が、この際、英国を見習って、女性から成る補助部隊を陸海軍が編制して、保有することにしよう、というと。
多くの日本の国民が賛同する事態が起きることになった。
中には先走って、もし、そのような部隊が編制されるのならば、私は率先して志願する、という女性がそれなりの単位で声を挙げるまでに至った。
そうしたことから、第二次世界大戦という文字通りの世界的な大事件勃発に伴って、1939年9月末に、臨時特別予算編成の都合もあったことから、日本は国会を召集することになった。
更にその冒頭において、陸海軍は共に事前に英国の法律を参考にして準備していた、女性から成る補助部隊編制に関する法案を、国会に提出することになった。
一部の国会議員は、女性まで動員するのはどうなのか、と難色を示したが、英国の実例を示され、更にはソ連軍の脅威が強まる一方の現実があっては、反対を貫くのにも限度がある。
こうしたことから、1940年初頭、女性から成る補助部隊を編制する法律は衆議院、貴族院で共に可決されることになり、1940年2月1日から法律は施行されることになった。
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