第9章―3
その後、米内洋六少佐は、妻の久子に対して、子どもの仁と藤子を連れて、カテリーナ・メンデスと別れの昼食会を開くのを伝えた。
久子は、
「3人で行ってこられたら」
とだけ言って、それ以上は何も言いたくない態度をあからさまに示した。
実際に久子にしても、それが精一杯の嫌味だった。
流石に子ども2人と共に、夫が知人の女性と逢うというのを、久子は邪魔しづらい。
更に言えば、事の発端が、仁がカテリーナに惚れ込んだことからで、自分が仁に藤子と別れて、カテリーナと結婚するように暗に勧めもした、という事情があっては。
カテリーナと仁の間に完全にケジメを付けさせたい、それを自分と藤子で見届けたい、という夫の言い訳を、久子は表向きは受け入れざるを得なかったのだ。
そんなことから、10月初めの日曜日の昼、米内少佐は仁と藤子を連れて、カテリーナと逢っていた。
(さて、視点を変えて)
藤子は、後になって、この日のことを何度も思い返した。
それまでに遠目で見かけたことはあり、顔を見知ってはいたが、カテリーナと直に顔を合わせたのは、この日が初めてだった。
カテリーナは、自分の目から見ても魅力的な女性で、父や兄が好意を持つのも無理はない、と改めて自分は感じてしまった。
更に話をする内に、自分も人柄に触れて、好意を抱いてしまった。
自分の記憶の中では、精進料理を食べるのは初めてだった。
実際には近隣の葬儀や法事の際に、流れて来た精進料理を食べたことがあったのやもしれないが。
だから、本来ならば印象に残っていてもおかしくないのだが。
自分の記憶の中では、単に美味しい料理だった、ということだけしか思い出せない。
父とカテリーナが、主に料理についての話をして、時折、義兄の仁がそれに口を挟んで。
ユダヤ教徒が、色々な食物をタブーとしているのを、私は聞かされた。
だが、その一方で、カテリーナさんが戦場に赴くのを、私も感じてならなかった。
補助部隊への志願なのだから、前線に赴く筈はないのだが、その場にいる4人全員が、そう感じてならなかったのだ。
更に言えば、父も戦場に赴くのが決まっており、義兄も海軍士官になる筈で、何れは戦場に。
お前は将来は義兄の妻になって、米内家の家刀自になるのだ。
そう父や義兄に、暗に言われているような想いを、何故か自分が抱いていると。
カテリーナさんに、私は言われた。
「自分の好きなように生きればよいのよ。私はマサダに籠りたくないだけなの」
後で自分は知ったことだが、古代のユダヤ戦争末期、マサダという要塞にユダヤ人は立て籠もっていて、ローマ軍の攻撃の前に陥落寸前となった。
そして、ローマ軍の手に掛かるよりは、と老若男女を問わず全員が自決して果てたのだ。
カテリーナさんにしてみれば、ユダヤ人部隊に志願することは、上海で起きたこと、ユダヤ人が虐殺されたことを起こさないためなのだろう。
その時の自分は、そう考えるのが精一杯だった。
そして、食事を済ませた後、カテリーナさんと私達は別れた。
私達は近くのお寺にお参りしてから帰宅の途に就いたが、私はお寺で思わず祈っていた。
この戦争が終わったら、又、4人で食事をしたいものだと。
帰宅したら、養母の久子の機嫌は極めて微妙だった。
完全な不機嫌とは言い難いのだが、かといって平静とも言い難かった。
義兄は私に対して、両親がいない場でささやいた。
「これは、お母さんも欧州に行きそうな気が。お父さんをカテリーナさんと浮気させない為に」
「まさか」
と私は思わず言い返したが。
今日の父とカテリーナさんの態度、更に養母の様子を見て、自分も考える程に、そんな気がしてならなくなった。
弟妹の面倒を見るの、と私は頭を抱えた。
細かいことを言えば、マサダにおいて僅かに生き残った人がいますし、更に自決の過程については、集団殺人ではないか、という説があるのですが、この辺りは登場人物の主観ということでお願いします。
(登場人物の主観に基づく描写にまで、細かく一次史料に基づく描写にしろ、キチンと調べて描け、と感想欄で言われているので、付記します。
流石に主観に基づく描写まで、そこまで精確性を求められては、それは小説ではなく、学術論文ではないでしょうか)
ご感想等をお待ちしています。




