第9章―2
そんな輿論が9月から10月に掛けて、日本国内では急激に盛り上がっていくことになるのだが、現場の軍人にしてみれば、悪く言えば全くの雑音だった。
それこそ欧州情勢が緊迫化した場合に備えて、海兵隊の欧州派遣は、ミュンヘン会談前後から事前に検討を進めて来たことであり、関係各所において準備が進められていたことだった。
だから、粛々と欧州に赴く準備をして赴いていくだけ、と言えばその筈なのだが。
米内洋六少佐は、9月半ばにカテリーナ・メンデスに呼び出されて、別れを告げられていたことを、心の奥底に止めながら、準備を進めざるを得なかった。
尚、二人が逢った際のことだが。
「10月半ばには、私は英本国に向けて出発するつもりです。事前に準備を進めていたのでしょう。英政府は、対独宣戦布告に伴い、ユダヤ人部隊を編制する。志願兵を世界から募るので、国籍を問わずに参加されたい、と発表しました。言うまでもなく、私が参加するのは女性から成る補助部隊ですから、前線には赴かない筈で、命の危険は無い筈ですが、実際には何があるのか、分かりません。だから、予め御別れを」
「それ以上は言わなくて良い」
カテリーナは、まだまだ語りたいようだったが、米内少佐は、敢えて言葉を遮った。
何故なら、下手にカテリーナに話を続けさせては、お互いに感情が迎えられなくなりそうだ、と米内少佐は考えざるを得なかったのだ。
実際、カテリーナも米内少佐の言葉に、我に返ったようだった。
「君が英本国に向かう前に、息子の仁に別れを告げさせたい。誤解を生じるといけないから、娘の藤子も同席させるつもりだ。どうだろうか。仁が君に未だに未練を残しているようなのでな。藤子も気を揉んでいる。それに、仁も海軍兵学校に、この12月に入ることになっているしな」
「そうですね」
二人の会話は続いた。
本来ならば、4月に海軍兵学校に入学となるところなのだが。
欧州を中心とする世界情勢が緊迫化しつつあることから、12月に入学時期が前倒しになったのだ。
更に言えば、海軍兵学校は4年の教育を行うところが、3年になるとの噂が流れてもいる。
(尚、世界大戦勃発から海兵隊の欧州派遣という現実を受けて、3年教育に実際になった)
米内少佐も、カテリーナも、仁が海軍少尉に任官するまでに、この世界大戦は終わっているだろうか、と共に考えた。
恐らく困難だろう。
先の世界大戦の経験から言っても、数年掛かりの戦争になることは避けられないだろう。
「四人で昼食を食べてから、君と別れたいと考える。鎌倉の禅宗の寺の傍に、精進料理を食べさせる名料亭がある。そこで、食事をしよう。君との最初で最後の食事になるだろう」
「そうですね。一緒に食事をすること自体が初めてですね」
二人の会話は続いた。
実際、ユダヤ教徒であるカテリーナの食事は、色々と大変だ。
例えば、カテリーナは、カフェで働いてはいるが、事情を話した上で働いており、いわゆる賄いは食べたことが無く、常に自宅から弁当を持参して、食事は済ませている。
そうしないと、ユダヤ教で禁じられた食のタブーに触れる危険があるからだ。
そうした事情から、二人で食事を共にしたことが、これまでは無かった。
だが、精進料理ならば、ユダヤ人でも問題ない筈だ。
何しろ全ての肉や魚、乳製品等が精進料理ならば排除されるからだ。
それを日本で何時か覚えたカテリーナは、米内少佐の言葉を受けることにした。
その一方で、カテリーナは察していた。
米内少佐は、最後の食事とも言っている。
今後は完全に別れよう、と暗に言っているのだ。
確かにお互いにそれが最善なのだろう。
だが、本当に別れられるだろうか。
カテリーナは考え込んだ。
本当に精進料理ならば、ユダヤ教徒の食のタブーに全く触れないのか、と問い詰められると。
私の宗教知識からすれば、絶対に大丈夫とは断言できませんが。
この辺りは、どうか緩く見て下さい。
少なくとも、本来の精進料理ならば、肉や魚、更には乳や卵等までも全く使われない筈で、私が調べる限りは、ユダヤ教の食のタブーには触れない、と考えました。
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