閑話 1939年8月末のカナリス提督の考え
カナリス提督視点の閑話になります。
尚、この閑話における東條英機に関する逸話ですが、真っ赤な嘘だらけではなく、かなり真実に近い話で、ドイツ人のカナリス提督ならば、完全な真実と考えてもおかしくないレベルの逸話です。
(そもそも逸話が真実か否か、極めて怪しい、と言われれば、其処までですが)
どうしてこうなったのだ。
今になってみれば、自分がやったことは、ドイツを却って史実よりも不利にしたのではないか。
日本は、完全にドイツを敵視しており、第二次世界大戦に突入した場合、欧州にまで陸海軍を派遣するのではないか。
更に言えば、そう言った状況から、英軍はアジア方面の守りを日本を委ねられるとして、アジア方面の軍隊を本国にかき集めて、本国軍を様々な意味で強化しつつある。
又、仏軍も日本との友好関係を頼みにして、仏印軍等を削って、本国軍の強化を図っている。
どう考えても、史実よりも、この世界のドイツは不利になっている。
少しでもこの状況を打開するために、史実に准じて独ソ不可侵条約が締結されたが。
ソ連が何処まで信用できるのか、というと信用できないと言うのが、本当のところだ。
本当にどうしてこうなったのだ。
それにしても、歴史の揺り戻しが、何故に起こらないのだ、と八つ当たりと言えば八つ当たりだが、そんな想いさえも、自分には浮かんでならない。
それこそ歴史改変小説等では、歴史の揺り戻しが起こるモノではないのか。
それなのに、何故に歴史の揺り戻しが起きるどころか、真逆の方向に歴史がねじ曲がっているのだ。
ゾルゲ事件を自らの手で引き起こした際に、近衛文麿首相が自殺するのは、ハイドリヒを巻き込んだ時点で、ひょっとしたらあり得るかも、とまでは自分は予測していたのだが。
自分としては、その後、紆余曲折はあるだろうが、東條英機が陸軍を背景にして、最終的には日本の首相になって、大東亜戦争へと突入して、日本は英米と戦うことになり、ドイツは英米に味方することで、戦勝国に成れる、と考えていたのだが。
何しろ、近衛文麿内閣の下、内閣直轄の総力戦研究所では、昭和16年8月末の時点で、対米英戦に突入した場合、日本は絶対に敗北する、とシミュレーションの末に予測が下されたのに。
その当時の東條英機陸相は、
「意外の理を考慮していないとは。このようなシミュレーションは全くダメだ。実際の戦争は、意外の理が常にあるモノだ。それによって、日清日露以来、日本はずっと戦争に勝って来たではないか」
と要約すれば言い放ち。
原油不足の現状に対しては、
「燃料ナシで動く車や航空機を造れ(註、代用燃料を開発して、その燃料で動く車や航空機を造れ、という趣旨では無く、文字通りに燃料ナシで動く車や航空機を造れ)」
と技術者に対して言い放ち。
国会の場において、
「資源不足に対する対策は、2+3を5にするのではなく、10でも20でも80にもすることだ」
と公然と発言して、それを批判した者を、最前線に送って戦死させたとか。
何かと言うと、首相が軍事に関与するのは統帥権干犯に当たる、と首相就任前には言っていたのに、自らが首相に成ると、陸相と参謀総長を積極的に兼任して、統帥権を行使するとか。
そんな指導者、人物を、首相にして、日本は第二次世界大戦を戦ったのだ。
余程、この当時の日本に人はいなかったのだ。
だから、満州事変から対英米戦争に突入するまでの日本の歴史の流れは必然で、ドイツがそれに巻き込まれないようにしよう、と自分は考えて日独伊防共協定等に反対して、中独合作を推進したのに。
東條英機が何故か銃殺されてしまい、日本では陸軍が勢力を落として、海軍出身の米内光政内閣が成立するとは、更に日本は親米英仏外交を推進し、それを米英仏も歓迎するとは。
自分は何も手を下していないし、自分が幾ら調べてみても、東條英機に対して、日本国外の手が動いた形跡は皆無なのに、どうしてこうなったのだ。
本当に、自分は何処で間違えてしまったのだろうか。
カナリス提督は、ひたすら悩むしか無かった。
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