第7章―5
「駐英大使の私を、わざわざ呼び戻すとは、何事かと考えていましたが。外相への就任依頼ですか」
「明らかに親米英姿勢を日本国内外に示すのに、最善の外相となると君だ、と色々な筋から言われてね。その中には君の義父(妻の父)の牧野伸顕元内大臣までもおられたな」
「そうですか」
駐英大使から呼び戻された吉田茂は、米内光政首相と1939年4月にやり取りをしていた。
「親米英姿勢を示すのには良いでしょうが、中国国民党政府との関係が微妙になりますよ」
「ああ、それは覚悟している。君が対中強硬派なのは、皆が知っているからな」
「皆と言うことは無いでしょう」
「そうかね」
二人のやり取りは、皮肉を更に深めることになった。
「ともかく、日本陸海軍の改革を進める為に、様々な協力を英仏米等に求めたのだが、そろそろ清算、見返りを求められる事態が起きつつあるのだ。正直に言う。その清算金を君にケチってもらえないか」
「金を返せと言って来る取立屋対策を、債務者の依頼を受けた弁護士のように私にやれ、と」
「国の間の貸し借りと、個人の金の貸し借りと、同じようなモノではないか」
「私は外交官に就職したのであって、債務者の依頼を受けた弁護士になったつもりはありませんが」
「外相というのは、そういうモノだ、と牧野元内大臣は言っておられたが」
「あのクソ親父、何を首相に吹き込んだ」
ああ言えば、こう言う、としか言いようのない返しをしてくる米内首相に苛立っていたこともあり、吉田茂は、思わず義父批判まですることになった。
「それはともかくだ。満州国を始めとする満蒙利権を我が日本が手放すのは、色々な意味で不味い。その一方で、英仏両国政府等からは、これ以上のヒトラー総統率いるドイツ政府の拡張主義は看過できない、と我が日本政府に言ってきている。何かあれば、対ドイツ宣戦までも、英仏両国政府は覚悟しているようだ。君には言わずもがな、のことかもしれぬが」
「確かに、そのことは駐英大使の自分の耳にも入っています」
米内首相の言葉に、吉田茂は肯きながら言った。
「そうなると、日本政府としても、それに備えねばならない。君に協力して欲しい」
「分かりましたよ。私も、色々な意味でこのままでは良くない、と考えていますから」
米内首相が頭を下げながら言うのに、さしもの吉田茂も、観念したように言わざるを得なかった。
「それで、この後をどうするつもりなのです」
吉田茂は、米内首相に問いかけた。
「自分としては、英仏本国に日本軍を緊急時、戦時には派遣しようと考えている」
「そこまでの事態が起きるでしょうか。英仏軍はそれなり以上に強力です。それこそ先の(第一次)世界大戦の例から言って、日本軍が英仏本国に派遣するまでもない、と考えますが」
「普通なら、そう考えるがな」
二人のやり取りは、二人きりにも関わらず、徐々に密やかになった。
「だが、先の(第二次)上海事変のことからすれば、想わぬことが起きてもおかしくない、と自分は考える。あれは、中国国民党軍がやったことだが、本来のドイツ軍ならば、もっと想わぬ事態が起きかねない、と考える自分は考え過ぎだろうか」
「いえ」
米内首相の問いかけに、吉田茂は手短に答えた。
「ともかく、人を出せば、金を出せ、とまでは言いづらくなるのが現実と言うものだ。ともかく、金を出さない方向で、外相として動いてくれ。その代わりに人を出す、と英仏両国政府等には言ってくれ」
「分かりました。確かに今の日本にとっては、その方向で動くのが最善でしょうな」
米内首相の言葉に、さしもの吉田茂も最後にはそう言って。
その方向で、米内光政内閣の一員の外相として、吉田茂は奮闘することになった。
これで、第7章を終えて、次話から1939年8月頃の日本の陸海軍の進捗場を描く第8章になります。
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