第6章―15
ともかく世界的に自動車等の装備が進みつつある現状に鑑み、日本の海兵隊は、馬匹の導入を最初から行わないことになっている。
それこそ補給部隊等については、完全自動車化を図ることになっているのだ。
この辺りは、緊急展開部隊であり、更に沿岸地帯で戦うのを、海兵隊が前提としているのもある。
内陸に侵攻することを、海兵隊は想定していない。
そうしたことも相まって、陸軍に比して海兵隊の補給等を担う兵站部隊は小規模なモノになっている。
だからこそ、逆説的に海兵隊は順調に自動車化を進めようとしていた。
これが陸軍だと、自動車化を進めようにも、従前の馬匹部隊等をどうするのか、という問題がある。
火砲にしても、それこそ馬匹牽引の火砲ばかりといって良い。
こういった場合、馬匹牽引の火砲を自動車牽引可能なように改修する必要等が生じ、それにも金が掛かるという問題が起きる。
勿論、新規に火砲を調達するよりも、従前の火砲を改修した方が安くつくが、そうは言ってもである。
そんなこんなから、陸軍の自動車化は、海兵隊と比較して相対的に難航している。
それこそ懸命に新兵教練課程の一環に自動車教練を必修にする等、徐々に改善が図られているのだが。
更に言えば、この辺りは、実は海兵隊も五十歩百歩と言っても過言ではないのだが。
そもそも軍隊に入るまで、自動車は遠目に見ただけ、という者が(この時代の日本では)大半だ。
だから、自動車化を図るにしても、次から次へと陸軍では問題が噴出することになっていた。
とはいえ、第二次上海事変における中国国民党軍の装甲部隊の衝撃から、陸軍の自動車化は何としても進めねばならない、と畑陸相以下の陸軍最上層部は考えており、平時ということから遅々とした歩みにならざるを得ないが、少しずつ問題を解消して、陸軍の自動車化も進んでいた。
そして、陸軍が自動車化を進めるとなると、必然的に大量の自動車の需要が起きるということにもつながることから、それこそフォードやGM等に協力を呼び掛けて、三菱や豊田自動車等が、目端を利かせて新規の自動車工場建設を図り、更には関連の部品等の工場も造られる事態が起きた。
又、(ここまで触れていなかったが、史実同様にこの世界でも)1940年には東京オリンピックと札幌オリンピック、更には東京では万国博覧会の開催が決まっており、そのためにも様々な資材等が求められ、それにも国家予算が注ぎ込まれる事態が起きている。
こうした状況に鑑み、少しでも予算が欲しい陸軍は、オリンピック会場や万国博覧会会場の建設に、それこそ兵隊を派遣してまで協力することで、自分達に予算を回させようとする事態が起きていた。
更に言えば、こうした会場建設においては、様々な土木機械が必須であり、資材運搬となると自動車、トラックが必要不可欠というのも、陸軍にしてみれば有難い話だった。
それこそ会場建設が終わった後、そういった土木機械や自動車、トラックを中古ではあるが、陸軍に寄こせ、と言えるし、又、土木機械や自動車、トラックの運用の訓練、実地練習にもなるからである。
勿論、こういったことについて、色々な側面からの、例えば、軍人ならば軍事教練を主にすべきで、こういった民生協力には消極的であるべき等の批判が、陸軍内部から無い訳ではない。
だが、上海における大敗から、陸軍の威信はがた落ちした、と言っても過言では無く。平時と言うことも相まって、予算獲得に陸軍が四苦八苦する現実から。
陸軍の大勢は、止むを得ない事態だ、それにオリンピック等は日本の国威発揚の場でもある、として渋々に近かったが、こういった会場の建設等に賛同し、協力することになっていた。
色々と考えましたが、これで第6章を終えて、次話から(この世界の)第二次世界大戦突入前までの欧州を中心とする世界情勢を描く第7章になります。
尚、第7章を5話程で終えて、第8章で第二次世界大戦突入直前の情勢を、日本を中心に描く予定にしています。
ご感想等をお待ちしています。




