第6章―12
そんな会話が、米内洋六少佐の家庭内では交わされたが、実際に日本の国内外で行われたことは、もう少し複雑だった。
「表向きはユダヤ資本のみと言いつつ、主に米英の資本を満州開発に投入するとは」
「仕方がない。日本の金は、日本本土に集中投入する必要がある。それに国内の経済統制の面からもな」
「確かに、いざという場合、戦争になった場合に外国資本の会社が、何処まで日本政府の指示に従うか、というと。従わないどころか、完全に日本からの資本等の撤退ということさえ、やりそうですからな」
国家総動員法が無事に制定された後、米内光政首相と堀悌吉海相は、そんな会話を交わした。
「満蒙は何としても死守せよ、という国内世論が強いが、その一方で、満蒙の経済利益は乏しい。純粋に経済的利益だけを考えるならば、小日本主義を唱える石橋湛山らの主張に乗るべきなのだ」
「確かにそうですが、流石に陸軍等が吞みませんな。それに世論も、そこまでの決断を下せない」
二人の会話は続いた。
「だが、ユダヤ人の難民が欧州から日本を目指している現実があり、それを今の日本は拒みづらい。何しろ上海事件で注目を集めてしまったからな。そして、米英等のユダヤ人達の間では、こういったユダヤ難民を救え、と言う声が高まりつつある一方で、日本国内では、徐々に反ユダヤ難民感情が高まりつつある。その背景には、単に生活習慣等が違う外国人嫌いと、それなりに日本政府としても行わざるを得ないユダヤ難民支援を、自分達の国民支援に回すべきだ、という感情論があるのだろうが」
米内首相は偽悪的な会話を、堀海相に行い、堀海相は、それに無言で相槌を打った後で言った。
「だから、満州にユダヤ資本の投入を認めるのはどうか、と陸軍等(の最上層部)に言った訳ですな」
「そうだ。そうすれば、ユダヤ資本を頼りに、日本国内のユダヤ難民は満洲に赴くだろうとな。実際に駐英大使である吉田茂を、事実上の特使としてロンドンのロスチャイルド家当主と面談して貰ったところ、それなり以上に好意的な反応を得られたらしい。ロンドンのロスチャイルド家としてみれば、日本のユダヤ難民を心配していることを、世界に喧伝する良い方策だ、というのが本音らしいが。そして、ロンドンのロスチャイルド家が音頭を取れば」
米内首相は、そこで言葉を切って、堀海相を見つめた。
堀海相は、溜息を吐きながら言わざるを得なかった。
「世界中のユダヤ資本が、それなり以上の反応を示すでしょうな。更に言えば、ユダヤ資本とて一枚岩では無いし、それなりにリスク回避の必要もある。ユダヤ資本以外の米英等の資本も、満州に投じられるという訳ですな」
「そういうことだ。陸軍等の一部は、日本からの満蒙開拓団の派遣に未練があるようだが、実際問題として、様々な優遇策を講じないと、日本人が満州を目指さない現実がある。それくらいならば、ユダヤ資本を受け入れ、その影響下でユダヤ難民を積極的に満州に送ってはどうか、と彼らにささやいた次第だ。そうすれば、日本本土からユダヤ人は減るし、満州を新たな故郷として移住してきたユダヤ人は、満州を守ろうとするだろう、という訳だ。本当に素晴らしい解決策だろう」
米内首相は、この件に関しては、完全に悪に徹した科白まで吐いた。
頭脳明晰な堀海相にしてみれば、何とも言えない事態だった。
実際に米内首相の論理は、究極的な日本の利益を考えれば、極めて正しいのだ。
ユダヤ難民の窮状を、様々な意味で日本が悪用しているという一点を除けば。
しかし、日本の現実を考えれば。
堀海相は、どうにも口を開く気にならず、米内首相の論理に無言で肯くことで、肯定せざるを得なかった。
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