第6章―9
実際問題として、国家総動員法制定は、日本国内各所に軋轢を生むモノだった。
例えば、既存の大政党である立憲政友会や立憲民政党内で、国家総動員法制定については、様々な意見が取り交わされたが、その所属の多くの衆議院議員が、幾ら戦時体制を前提としているとはいえ、国家総動員法に基づく政府への様々な勅令への委任が行われることは、国会の立法協賛権(細かいことになるが、大日本帝国憲法上、国会には立法協賛権が与えられているのであって、立法権は無い)侵害になると主張して、国家総動員法制定に拒否反応を示した。
(何とも皮肉なことに、当時の少数野党といえる社会大衆党等の方が、国家総動員法は社会主義的であるとして、国家総動員法の制定を歓迎しているのが現実だった)
又、三井や三菱等の財閥を背景とする財界等も、その傘下にある出版社等を介して、国家総動員法制定反対の論陣を張る有様だった。
国家総動員法の制定は、法律に因らない私権の制限で、社会主義、共産主義的法律の制定だ、と財界等は主張したのだ。
実際、財界等の主張が言い掛かりとは言い難いのが、国家総動員法の制定だった。
だが、現実問題として、いざと言う際の大規模な戦時体制を想定すれば、国家総動員法の制定は必要不可欠と言っても、日本は過言ではない。
そうしたことから、米内光政首相率いる日本政府は、少なからず詐欺めいた行動を、国会に対してせざるを得なかった。
「衆議院、及び貴族院に対して、事実上の拒否権を与えると言うのですか」
「戦時中以外ならばな。具体的に言えば、日本が宣戦布告をするなり、宣戦布告を受けて、講和条約を締結するまでの間は、ということだが」
「戦時中以外に、日本政府、内閣が国家総動員法を発動する場合は、衆議院と貴族院の承認が必要」
「事後で構わないがな」
「酷い詐欺ですな。緊急事態だから、と言って、国家総動員法を発動して、国会に事後承認を求めるとか。更に言えば、その期限を決めないとか。裏返せば、100年後に事後承認されても構わないと」
「そう言う論理だな。衆議院、及び貴族院が、そこまで拒否を続けられるならばだが」
堀悌吉海相は、(内々での会話というのもあるが)米内首相と、何とも言えない会話を交わさざるを得なかった。
「緊急事態とは、そういうモノだ。それこそ、内閣、行政が緊急に動く必要がある。一々、国会を召集して、その承認を得て、という手順を踏む訳には行かないのが、当然のことではないかね」
「その通りですが」
「そして、内閣が必要不可欠と判断したのに、国会が拒否権を発動しても、それが無効と言われないようにする必要がある。だから、条文上は明記せず、何度でも事後承認を求められるようにしただけだ」
「それって、拒否権を認めると言いつつ、事実上は認めていないのでは」
「それは解釈の相違というものだな」
米内首相と堀海相は、黒い会話をした。
「実際問題として、其処までの事態に至れば、国民からどちらかを擁護する大きな声が挙がるだろう。それに従って、我々は行動すれば良い。我が日本は民本主義の国家なのだから。ドイツやソ連と違ってな」
米内首相は、更にうがった言葉を発し、堀海相は(内心で)苦笑せざるを得なかった。
本当に日本は、民本主義の国家で、ドイツやソ連と違って、複数政党政治が行われてはいるが。
だからといって、英国等と違って、議院内閣制が執られてはいないのだ。
それに、我が大日本帝国憲法上は、天皇大権制であり、国民主権ではない。
そうした中で、我が日本は民本主義国家と主張する等、欺まんにも程がある、という主張だ。
だが、そう行動せざるを得ないのが現実政治だな、と堀海相は考えた。
何で戦時中以外でも、国家総動員法の発動が出来るようにする必要があるの、という指摘がありそうですが。
それこそ「満州事変」のような事態を想定している為です。
お互いに宣戦布告をせずに、事実上の戦争状態になった場合でも、国家総動員法が発動できるように、ということから、詐欺と言われそうですが、米内内閣は、上記のような方法で、国家総動員法を制定することにしました。
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