第6章―3
ともかく後述するが、上海方面の陸軍は大損害を被る事態が、第二次上海事変等の結果として起きる事態が起きていたのだ。
上海方面に赴いた陸軍4個師団だが、最終的には2万人以上が戦死して、生き残った7万人余りにしても、かすり傷まで含めればになるが、傷付かなかった者は圧倒的少数と謳われる大敗だった。
そして、東條英機中将等の関東軍の面々は、いわゆる空気を読まずに、チャハル作戦での自らの勝利を背景にして、上海方面に赴いた陸軍4個師団等への批判を公然と行った。
「恥を知れ」
「中国軍を相手に敗北する等は言語道断。自ら身を処すべきだ」
そういった陸軍内部からの批判を受けたことから、上海方面に赴いて大損害を受けていた、「一太郎、やーい」の美談で小学生にまで知られていた第11師団の師団長が割腹自殺を遂げる事態が起きた。
そして、上海派遣軍司令官を務めていた松井石根大将やその隷下の師団長等も、第11師団長の割腹自殺を受けて、相次いで自決に追い込まれた。
だが、こうなると陸軍内部の空気は急変する。
流石に寝覚めが悪い、として、ここまで批判するとは何事、と関東軍批判の声が挙がり出した。
更には、近衛文麿首相の自裁を受けて、チャハル作戦は、実は中国共産党を支援する為のモノだったという声が挙がる事態にまでに至った。
実際に、チャハル作戦は怪しもうと想えば怪しまれても当然だった。
何しろ陸軍参謀本部は、チャハル作戦発動に終始、反対していたのだ。
更にチャハル作戦で大打撃を被ったのは中国国民党軍であり、中国共産党軍は無傷といって良かった。
(これはチャハル作戦での日本軍に対処したのは、チャハル方面に展開していたのが中国国民党軍だけだったことからすれば当然のことだったのだが)
そして、東條英機中将は、それこそ憲兵を使うのが上手く、赤化将校摘発に辣腕を振るったのだが。
こうしたことさえ、(この当時、事実上は同時並行的に起きていた)スペイン内戦で、共和国派内部のスペイン共産党が、こういった治安部門を支配することで、マルクス主義統一労働者党等への内部粛清を行い、スペイン人民戦線政府の共産党支配を着々と進めている現実から。
「東條中将は、隠れ共産党員だ。共産党への忠誠心が怪しいと考えた面々を、赤化将校として積極的に売り飛ばすことで、自らの保身を図っているのだ」
「実際にスペイン人民戦線政府の内実をよく見るべきだ。そこの共産党の遣り口と、東條中将の遣り口は余りにも似ているではないか」
そんな批判までも、陸軍内部では挙がることになり、閑院宮参謀総長が音頭を取って、東條中将を軍法会議に掛けようとする事態にまで至った。
(尚、その裏では、この当時の石原莞爾関東軍参謀副長が暗躍した、との説が根強いのだが。
石原少将は、この件については、完全に口を拭っている)
そして、東條中将は、こういった状況に耐えきれなくなって、自裁を試みたが、それに失敗したことで更に周囲から叩かれることになった。
何かと言うと、
「軍人たる者、何かあれば、自分から腹を斬って、責任を取るのが当然だ」
と自らは言っていたのだが。
自分の自裁に際しては、拳銃で心臓を撃とうとし、更にそれに失敗して、緊急輸血等が行われた末に命が助かる結果で、東條中将の自裁は終わったのだ。
「何かと言うと、腹を斬れ、と言っていたのに、自分は腹を斬らないだと」
「拳銃で自決するならば、頭を撃つのが当然ではないか」
「文官の近衛文麿元首相よりも、軍人でありながら劣るとは」
そんな感じで、東條中将は、それこそ陸軍内外から、猛批判が浴びせられることになった。
最終的に、東條中将は様々な軍法違反を理由に銃殺刑になった。
この辺りの東条英機の行動ですが、史実をそれなりに踏まえて描いています。
又、詳細に描くと流れが悪くなるし、陰惨な描写になる、と考えたことから、敢えて省略しましたが。
チャハル作戦が終わった後で、民間人虐殺の陽高事件等については東條英機自身が、
「不穏なシナ人らは全部首をはねた」
と民間人虐殺を肯定する発言をしていたとのことです。
又、この当時の日本の陸軍刑法等上では、明らかに銃殺刑に値する犯罪行為だったとのことです。
そして、史実ではチャハル作戦は大勝利と判定されたことから、東條英機の犯罪行為は不問となり、更にはこの戦功から、首相にまで上り詰めることになったとか。
この話には、そういった背景があると言うことで、お願いします。
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