第6章―1 日中戦争の日本敗北に伴う日本軍等の大改革
新章の始まりになります。
尚、史実以上に米内光政大将が黒い話が続きますが、作者の私の性格が悪い為、と緩く見て下さい。
そんな騒動が、米内洋六少佐の家庭内では起こる事態が、1938年4月には起きていたのだが。
その一方で、日中戦争の日本の敗北に伴う日本陸海軍の大改革は急務であり、それこそ日本陸海軍だけでは無く、日本の国内外の政治や軍事にまで影響が及ぶ事態が起きていた。
そして、そうした中で日本の首相を務めることになっていたのが、(既述だが)米内光政海軍大将だった。
(この世界では)何故にこんな事態が起きたのか、というと。
近衛文麿首相の自裁から、廣田弘毅外相を(臨時)首相として廣田内閣が成立したのだが。
言葉は悪いが、廣田内閣は日中戦争の終戦処理内閣になるのが成立時から固まっていた。
そして、廣田内閣の後継者として、この当時の政治的有力者の中から、首相候補が何人か挙がる事態が起きていたのだが。
何とも皮肉なことに、この当時の政治的有力者の多くが、多かれ少なかれ、近衛首相に近い、その影響下にあった人物だったのだ。
そうしたことから、近衛首相に近いということは、実は隠れ共産党員だったのでは、として日本の国民というより、今上(昭和天皇)陛下から忌避される事態が起きてしまった。
とはいえ、日本の首相を空席にしておく訳にはいかない。
そんなことから、日中戦争が完全に終わったと言える1938年の新春に、廣田首相の辞意表明の直後に、元老の西園寺公望が新首相として推挙したのが誰かというと。
「何で現役海軍軍人の私を首相に」
「うん。現役海軍軍人は政治に関与せず、がモットーではないか。君はそれを守っており、今の日本を託せるのは、君しかいない、と元老の西園寺公は考えられたのだ」
そんなやり取りを、首相就任前の米内大将と、岡田啓介元首相はすることになった。
「余りにも過分な評価です」
「後、君の遠縁の米内洋六少佐の上海での話が、外国では君の功績になっているというのもあるな」
「酷い捏造ですよ。あれは」
米内大将と岡田元首相は、更なるやり取りをした。
(既述だが)上海海軍特別陸戦隊が、上海からのユダヤ人の脱出を受け入れることになったきっかけの一つが、米内少佐の発言だったのだが。
そして、上海海軍特別陸戦隊の司令官である大川内少将は、(当時の)米内海相にその旨の意見具申を行い、その了解を得た上で、上海からのユダヤ人脱出を行ったことが。
いわゆる伝言ゲームの結果として、米内海相から上海のユダヤ人脱出に積極的な協力を行うように指示が下された、というように欧米諸国を中心とする世界に伝わる事態が起きていたのだ。
「ともかく、現在の日本は米英仏との関係改善が急務だ。又、排外主義を強める中国国民党政府に対処する為に、英国は内々に日本の協力を求めている。その一方、日本の政府や陸軍に、実は共産主義者が浸透しているのではないか、とそういった国々の政府が見ている現状がある。そういった懸念を排除する為にも、海軍の軍人が首相を務める必要があるのだ」
岡田元首相は、更なる説得を米内大将に行った。
「確かに、そう言われれば、そうですな。ですが、それならば一つ条件があります。私は予備役になりましょう。現役軍人が、首相を務めるのは望ましくない、と考えます。後、出来れば「御言葉」を賜りたい」
「成程」
後に煮ても焼いても食えない首相、と陰口を叩かれる米内大将は、そう岡田元首相に持ち掛け、その裏の意図を察した岡田元首相は、悪い笑みを浮かべながら言った。
「首相に成るならば、予備役になる必要がある、とする訳か。軍の政治関与を避けるためだな」
「ええ、「御言葉」があれば、今の陸軍は黙って従うしか無いでしょう。海軍は言うまでもない」
「うん。良い考えだ」
二人は、最後は笑い合った。
ここで言う「御言葉」ですが、内々で言われた今上(昭和天皇)陛下の御言葉です。
そして、当時の状況から「御言葉」に叛くようなことが、軍部にはできないのです。
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