第5章―4
今回の話の中で、横須賀の芸妓が出てきますが、私がざっと調べる限り、この辺りの精確な情報が得られなかったので、日本各地の芸妓事情を適度に組み合わせて描写しています。
その為に、おかしな描写があるとは想いますが、緩くご指摘下さい。
何故に彼女は、自分と娘の藤子の関係を知っているのだ。
そう、米内洋六少佐は考えたのだが、カテリーナ・メンデスの方から事情を明かした。
「ああいうカフェで働いていると、色々と噂話が耳に入ってくるのです。それで、貴方と娘の藤子、養子の仁の関係は、噂話で知ったのですが、貴方の反応を見ると、嘘では無く、事実だったようですね」
そういうことか、米内少佐は腑に落ちる考えがした。
藤子の実母は、横須賀の芸妓だった。
更に言えば、生活に困窮した等の事情から、親に事実上は年季奉公等で売られた訳では無く、小なりとはいえど、れっきとした(芸妓の)置屋の末娘だったが、芸妓に憧れて、自分から芸妓になったのだ。
だが、それが却って悪かったのだろう。
米内少佐に惚れこんで、妻になりたい、更には子どもを産めば、米内少佐も自分を妻にするだろう、何しろ、私は単なる芸妓ではなく置屋の娘だし、と藤子の実母は考えてしまったようなのだ。
(この辺りの藤子の実母の前後の考えは、細かく言えば、米内少佐や藤子の母方祖父母の憶測である。
藤子の実母は、自分の細かい考えを周囲に言わず、藤子を妊娠出産して、終には自殺したのだ)
だが、幾ら置屋の実娘とはいえ、諸般の事情から、芸妓と海軍士官が結婚するのは不可能に近かった。
更に言えば、芸妓の胎児が、自分の実子と相手の男性に信じられるのか、というと。
そんなことから、米内少佐と言うより、その周囲は手切れ金を渡して、藤子の実母との縁切りを図ったのだが。
米内少佐との縁切りを迫られたことから、藤子の出産直後だったこともあり、精神的に不安定だった藤子の実母は、発作的に自殺してしまった。
こうなると、却って世間一般の非難の矛先は、米内少佐に向く事態になる。
藤子の母方祖父母は、
「娘が悪かった。この際、藤子は自分達が引き取りたい」
とまで言ったのだが。
米内少佐としても、色々な意味で気まずいというか、何とも言えない事態だったので、藤子を自分の娘だと認知して、自分が引き取って育てることにしたのだ。
更に、この時には、藤子には自分の出生の様々な秘密(実母が自殺した)等は、基本的に知らせないことに、米内少佐や藤子の母方祖父母の間では取り決めをしていたのだが。
米内少佐の妻の久子が、息子の仁と仲良くなった藤子を気に食わなかったこともあり、藤子に秘密をそれなりに明かす事態が起きた。
そんなことから、先日、横須賀に家族揃って引っ越してきた米内少佐の一家と、藤子の母方祖父母の家というか、藤子の実家とは、それなりの行き来があることになってしまったのだ。
そして、それを周囲もそれなりに承知する事態が起きている。
そんなことから、カテリーナが、米内少佐の家庭事情を知る事態が起きていたのか。
そんな風に、米内少佐が考えが進んだのを、カテリーナは何処まで察したのか。
更なる言葉を発した。
「ヴェニスの商人の末裔の言葉を、真に受けないで下さいね」
「そうなのか」
「ええ、私はマラーノで、イスパニアからヴェネツィアへ、更にはオスマン帝国に移民したユダヤ人の末裔です。本当に私達、ユダヤ人に安住の地は、この世界には無いのです」
二人は、そんなやり取りをした。
更にカテリーナは、小声のラディーノ語で呟いた。
「本当に彼(米内少佐)が独身でユダヤ教に改宗してくれれば、私は彼と結婚できるのに」
だが、その声は米内少佐には届いておらず、二人は更なるやり取りを結果的にした。
「本当にユダヤ人の君達が安住できる土地を確保したいものだ」
「そう言って頂き、有難うございます」
「ところで、マラーノとはどういう意味だ」
「それはですね」
結果的に二人は仲良く話し合う事態が起きた。
少し補足を。
藤子は、自分の実母が亡くなったのは知らされていますが、自殺では無く、産後の肥立ちが悪くて亡くなった、と周囲から教えられています。
(流石に継母の久子にしても、そこまでは告げなかったのです)
それから、マラーノは蔑称で、カテリーナが自分をマラーノというのはおかしい、という指摘がありそうですが、カテリーナの日本語知識はそこまでは無く、日常会話がやっとなので、マラーノと言わざるを得なかった、と緩く考えて下さい。
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