第5章―3
この時代の史実の「カフェ」ですが、それこそ女給と言いつつ、事実上は売春婦を抱えている「カフェ」がそれなりにあった、と私としては考えており、そうしたことが、この話の描写の背景にあります。
とはいえ、こういった辺りをギリギリ考えていくと、極めて悩ましい話になるので、この世界では、と緩く見て下さるように、平にお願いします。
そんなやり取りを、娘の藤子とした二日後、米内洋六少佐は何とか都合をつけて、養子の仁が夢中になっているらしいユダヤ人の女性が働いているカフェを訪れた。
幸か不幸か、養子の仁は自分が目を配る限り、視界内にはいないようだ。
「ご注文は何ですか」
「珈琲を、砂糖、牛乳無しで」
「分かりました」
明らかに日本人ではないと感じさせる訛りがあるが、少なくとも会話に支障はないやり取りが、彼女は出来るようだ。
そう、米内少佐は彼女とやり取りをした後で考えた。
そうでないと、カフェで来客とやり取りをして働くこと等は出来ないのも事実ではあるが。
更に言えば、彼女は中々魅力的な女性でもあり、自分の視界内にいる数名の女給の中では、一番の美貌を誇っていると言っても過言ではない。
その年齢だが、自分の目が曇って無ければだが、10代後半、20歳手前といったところだろう。
仁は10代半ば(1922年生まれ)だから、彼女の方が年上にはなるが、年上の彼女の魅力に仁が惹かれるのも当然な気がするし、藤子が気を揉むのも無理はない。
更に言えば、自分が事前に聞いていた通り、それこそ風俗営業に近い「カフェ」とは違い、それなりに女給がいるものの、女給を「触ったり食ったり」が当たり前の店では無く、(メタい現代の話になってしまうが、現代の純喫茶店のような)固い店、カフェのようだ。
だからこそ、中学生の仁も、それなりの顔で出入りできるのも事実ではあるが。
そんなことまでも、つらつらと考えた末、米内少佐は、改めて珈琲を持ってきた彼女に、息子(養子の仁のこと)が、彼女に入れあげているようなので、きちんと交際を断って欲しい旨を小声で伝えた。
すると、彼女の方が、素早く周囲を見回した上で、米内少佐にささやいた。
その事について、私も改めて話したい。
勤務時間が、この後の2時間程で終わるので、店の傍で会って欲しい。
特に断る理由もなく、米内少佐は同意することになった。
そして、2時間余り後。
米内少佐は思わず同意したものの、ユダヤ人の彼女の振る舞いに困惑する羽目になっていた。
「カテリーナ・メンデスと言います。あの節、上海からの脱出の際にはお世話になりました」
彼女は訛りはあったが、それなりに流ちょうな日本語で、米内少佐に話しかけて来た。
「自分に覚えは無いが」
「私は、顔を覚えるのが得意なんです。それにその軍服の肩章等、よく覚えていますよ」
米内少佐の韜晦するような言葉に対し、カテリーナはいなして答えた。
米内少佐は(内心で)苦笑した。
自分の身分を示そうと、軍服でカフェに入ったのが、仇になったようだな。
「それにしても、奇遇ですね。実は貴方の息子に、少し困っていました。私は年下に興味はない、と明確に彼に言っても、中々分かってくれなくて」
「うん、そんなに年が違わないように見えるが」
「御世辞が上手いですね。私は1916年生まれで、もう20歳過ぎですよ。年下の中学生に、私は興味はありません」
「そうなのか」
二人はやり取りをした。
米内少佐は考えた。
これならば、息子の仁に、彼女の年齢等を言えば、目が覚めるだろう。
それこそ自分は男子中学生で、明確に女性側が拒んでいるのを告げられては。
それでも、と言う方向には、仁はまず奔るまい。
だが、米内少佐の考えは浅慮だった。
「私、年上の魅力ある男性が好きなんです。お付き合いしていただけませんか」
「おいおい、私は30歳過ぎていて、妻に加えて、中学生の息子がいる身だ。不倫するつもりはない」
「そういえば、そうですね。でも、娘の藤子さんは、妻以外の女性との間の子では」
カテリーナは、米内少佐から少し目をそらしながら言い、米内少佐は慄然とした。
この横須賀の「カフェ」ですが、それこそ昭和50年代から60年代の純喫茶的存在と緩く考えて下さい。
そうしたことから、この世界では中学4年生(昭和50年代から60年代で言えば、高校1年生)の米内仁が通ってもおかしくないカフェになっています。
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