閑話 1938年初頭におけるハイドリヒの考え
ハイドリヒ視点の閑話になります。
ここまでの事態が起きるとは、想定外というか、想定以上だった。
自分にしてみれば、近衛文麿が自裁するとは考えもしないことだった。
近衛文麿は、自らの潔白をあくまでも訴えて、身の証を立てるとして、それこそ中国共産党軍に対して、積極的に戦うように指示をして、日中戦争に更に前のめりになる、と自分は考えていたのだが。
近衛文麿は、想像以上の坊やだったらしい。
ちょっと批判されただけで、自裁するとは。
よく日本の首相にまで上り詰められたものだ。
ゾルゲがソ連のスパイではないか、という疑惑について、カナリス提督から告発を受けた際、自分が考えたのは、近衛文麿にまでソ連のスパイ疑惑を及ぼして、日中戦争を更に泥沼化させよう、といったところだったのだが。
結果的にと言えるが、日本政府が(万里の長城以南の)中国本土から全面撤退するような態度を執るとは、自分には思いもよらなかった。
だが、その一方で、これはこれで、自分にとって好都合な事態が起きたとも言えるのだ。
それこそ中国国民党政府、軍の支援の為に派遣されたドイツの軍事顧問団、義勇兵が余りにも高い功績を挙げるのは、事実上だが、ナチスの統制下から外れているといえるドイツ軍の権威を高めることで、自分としては、本音としては阻止したいことだったのだ。
又、上海というある意味では無国籍の国際都市といえる現状にある土地で、国際問題を引き起こしては、それこそ世界の注目を集める事態が起きかねない、と自分は危惧していた。
(史実でも、満州事変が起きた時点では、欧米諸国は静観をほぼ決め込んでいましたが、第一次上海事変が起きた結果、日本と中国国民党間の問題に、国際連盟等までが積極的に関わる事態が起きました)
そして、ルントシュテット将軍やグデーリアン将軍は、自分の裏の意図を察していたようで、それなりの態度を示したが、ライヘナウ将軍は、そういった機微を読まず、上海にいるユダヤ人を中心とする民間人に対して、「漢奸」「対日協力主義者」等のレッテル貼りを行った上での攻撃を行なってしまった。
ルントシュテット将軍やグデーリアン将軍は、基本的にだが日本本土からの増援軍を叩くことで、上海市街での戦闘を出来る限りは回避し、民間人を犠牲にしないように努めてくれたが。
反ユダヤ主義者で、ナチス党員でもあるライヘナウ将軍は、上海市街にユダヤ人が、それなりの規模、数千人いるのを把握したことから、ユダヤ人を積極的に攻撃しようとしたようだ。
その結果、中国人やユダヤ人以外の外国人を含めた数字ではあるが、数万人規模の死者が上海で出ることになり、米英仏等の諸外国政府を激怒させる事態が起きてしまった。
更に言えば、着の身着のままで日本に亡命した老若男女の数千人ものユダヤ人の写真が、世界にばら撒かれることで、本音はともかくとして、口先ではユダヤ人への同情が集まる事態が起きてしまった。
(この当時の欧米諸国には反ユダヤ主義者が各国内にそれなりにおり、それがドイツ等からユダヤ人が外国に亡命しようとするのに、二の足を踏ませる事態が起きていたのです)
そうしたことから、ヒトラー総統に進言して、これ以上の中国国民党政府への肩入れは、却って米英仏等の諸外国政府との関係を冷却化させる、と提言して。
ドイツから中国国民党政府に派遣されていた軍事顧問団の大半を、引き揚げさせた。
これはこれで、米英仏等の諸外国政府の反独感情を和らげたようだが。
中国国民党内の排外主義は止まるところを知らず、英仏等の政府はこれに対処する為に、日本政府に接近しつつあるとか。
ドイツの利益を損なう想わぬ事態が起きねば良いが。
そんなことまで脳裏に浮かんだ。
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