第4章―14
そんな現状を、大川内傳七少将の話を聞きながら、米内洋六少佐が考えていると。
大川内少将は、少し顔色を改めた後、長めに言った。
「ところでだ。中国国民党軍の上海への攻撃だが、正直に言って酷いモノだ。日本の租界以外になる上海の市街地にも、誤爆や誤って着弾した等の言い訳をした攻撃が行われている。更には、上海市街にいる無関係な民間人にも、日本軍に協力しているとの難癖を付けて、攻撃が行われる事態が起きている。言うまでもないが、中国人のみならず、外国人にも中国国民党軍への攻撃が行われている。そうしたことから、上海にいるユダヤ人の多くが、身の安全の為に上海から逃亡したい、と我々に依頼しに来ている。自分としては、それに協力したいのだが、この際に忌憚のない諸君の意見を聞きたい」
「それは本当なのですか。ユダヤ人達が実はスパイとか、そういったことはないのですか」
会議に参加している士官の一人が、大川内少将に疑問を呈した。
「自分としては、スパイ等ではない、と信じたい。実際、ドイツではユダヤ人に対する大規模な迫害が、現在進行形で行われている。そして、中国国民党軍の背後には、ドイツから派遣された軍事顧問団の面々がいるのは、公知の事実と言って良い。そうしたことから、上海にいるユダヤ人の多くが危機感を覚え、我々に上海からの逃亡について、協力を求めてきたのだろう」
大川内少将は、そのように自分の考えを言った。
中国国民党軍による、上海在住のユダヤ人に対する意図的な攻撃か、確かにあり得そうな話だ。
それが、米内少佐の第一感だった。
表向きは利敵行為、侵略者である日本軍に対する協力行為を行った者を処罰するということで、中国国民党軍の一部の将兵が、上海在住の民間人、中国人のみならず外国人に対しても、銃口を向ける等の事態が現実に起きている。
そして、上海在住の外国政府の領事等の中には、せめて自国の国民だけでも守ろう、と身体を張った行動に出ている者までいるが、相手が相手、正規軍の軍人であることから、中々上手く行っていないらしい、と自分達の耳にまで届いている。
勿論、こういった事態に対して、米英仏等の諸外国政府は、中国国民党政府に対して、自国民保護を強く要請しているが、それに対しては公式には謝罪する一方で、裏では、そもそも戦闘区域の近くにいる外国人が悪い、更には実際に日本軍と通謀してる外国人がいる、という反論、主張を、中国国民党政府は行っているとのことで、極めて厄介な状況になっていた。
そして、中国国民党政府の背後には、言うまでもなくドイツ政府がいる。
ドイツ政府の反ユダヤ主義は筋金入りだ。
そうしたことから、ドイツ政府の歓心を買おうと中国国民党政府が、又は、ドイツから派遣された軍事顧問団の面々が、上海在住のユダヤ人に大規模な迫害、攻撃を加える危険性は極めて高い。
本来ならば、そういったユダヤ人には本国政府を頼るように、我々は諭すべきなのだろうが、上海在住のユダヤ人の多くが、白系ロシア人だったり、旧オスマン帝国人だったりで、無国籍に近い。
そうしたことまでも考えあわせるならば。
米内少佐は、自分では無意識の内に発言していた。
「人間として、彼らユダヤ人の希望者も、自分達と共に密やかに上海から脱出させましょう」
その言葉を皮切りにし、会議の他の出席者達も口々に言った。
「身一つだけならば、何とか乗せられるでしょう。彼らと共に脱出しましょう」
「そうだ。蔚山沖の上村提督の行動を思い出せ。危険にさらされている人を、我々は見捨てて良いのか」
大川内少将は、それらの発言を聞き終えて言った。
「よし。彼らと共に、日本に向かおうではないか」
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