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第4章―8

 そういった日本政府、陸軍の状況だが、上海にいる米内洋六少佐には、詳細に分かる訳が無かった。

 だが、そういった状況についての空気(?)は、それこそ様々な伝手(海軍軍人同士の情報等)から、何となく米内少佐には掴めていた。


 正直に言って不味い、というのが米内少佐の考え、想いだった。

 日本国内の世論が、中国国民党政府に対して過激な主張、「暴支膺懲論」で高揚しているのは、これまでの経緯、日貨排斥運動や中国本土内の日本人襲撃事件等から分からないでもない。

 でも、その行く末が、日本国内の世論というか、有権者には分かっているのだろうか。


 専守防衛論ではないが、北京(北平)や上海等、日本軍の駐留が条約によって認められている処に、中国国民党軍が攻撃を掛けているのを、日本軍が撃退するだけならば、外国世論というか、英仏米等の政府は日本の行動に理解を示してくれるだろう。


 だが、「暴支膺懲論」に従うならば、それこそ中国国民党政府が首都としている南京を、日本軍が攻略する事態が起きるだろう。

 そうなったら、幾ら何でも外国世論、英仏米等の政府は、明らかな日本の侵略だ、と非難する事態が起きる、としか、自分には考えられない。

 更に言えば、非難だけで済めばよいが、英米仏等の政府によって、何らかの制裁、例えば、日本人資産の凍結や戦略物資の禁輸措置等が行われる可能性すら、否定できないだろう。


 日本国内の世論、有権者はそうなったときの覚悟があるのだろうか。

 自分には皆無の気がしてならない。

 下手をすると、何故に日本政府はこうなることを予期して行動しなかった、と日本政府批判を、日本国内の世論は行いだすのではないか。


 更に厄介なのは、近衛文麿首相だ。

 そこまで、米内少佐は透徹した思考を進めた。

 そうなった場合、近衛首相は逆ギレする可能性が高い。

 それこそ、内閣総辞職をして、内閣総辞職で自分は責任を取った、後は後任者に全て任せる、と近衛首相は言う気がしてならない。


 確かに内閣総辞職で近衛首相は責任を取った、というべきかもしれない。

 だが、それこそ日中は戦争の真っ最中で、更に英仏米等の制裁が行われている中で、そんな内閣総辞職をされては。

 後任者は火中の栗を拾うモノだ、として、誰も首相に成らない気さえする。


 そうした中で、近衛首相が、

「儂は首相を辞任して責任を取った。後は知るか」

と尻をまくるような態度を執っては。

 日本は、それこそ革命前夜のような政治的混乱に陥るのではないか。

 

 米内少佐は悪く考えすぎだ、と自分でも考えざるを得なかったが。

 上海にいる米内少佐に打てる手は、皆無と言っても過言ではない。

 だから、米内少佐は、自らの目の前にいる中国国民党軍との戦闘に、ひたすら励むしか無かった。


 更に、米内少佐の脳裏に浮かぶ悪い考えがあった。


 実はこの1937年当時、上海の国際共同租界には、それなり以上のユダヤ人が住んでいた。

 ロシア革命に伴って起きたソ連(旧ロシア帝国というべきか)国内で起きたユダヤ人迫害から逃れてきたロシア系ユダヤ人、又、オスマン帝国内の混乱等から逃れてきたバクダット系ユダヤ人、更にはナチス政権樹立以来、迫害が強まったドイツから逃れてきたドイツ系ユダヤ人といった面々である。

(細かく言えば、他の国出身のユダヤ人も上海にはいた)

 彼らの数は、それこそ老若男女全てを合わせれば、数千人に達している。


 ユダヤ人を、ドイツから派遣された軍事顧問団の面々はどう扱うだろうか。

 ナチス政権のこれまでの様々な遣り口からして、ユダヤ人が日本軍に協力したと言い掛かりをつけて、彼らを迫害する事態が起きるのではないか。

 そんな考えが、米内少佐の脳裏に浮かんでならなかった。

 この当時、上海にユダヤ人がいたの?

という疑問を呈されそうですが、実際にそれなりのユダヤ人が住んでいたようです。

 但し、実際に激増したのは1938年以降で、この頃は数千人といったところのようです。


 尚、この問題は「上海ゲットー」へとつながり、更に現在、どのように考えるか、日中イスラエル等で激しい論争になっているようなので、あくまでも小説上の描写ということで、緩く考えて下さい。

 この週末に、割烹で補足します。


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