第29章―8
そんなことをしていると、すぐに時間が経ってしまい、笹井醇一中尉達は、ユダヤ人航空隊の夕食を食べた後で、臨時に設けられた宿所に泊まる事態が引き起こされることになった。
「口に合えば良いのですが。私達としては鶏油を使ったユダヤ料理を食べさせたかったのですが、メンデス中尉が、オリーブ油を使ったユダヤ料理を御馳走したい、と言われるので」
「いや、美味しいですよ」
料理を出してきた給仕兵に対して、お世辞抜きで笹井中尉は言う事態が起きていた。
最も笹井中尉の内心では、その一方で苦笑いせざるを得なかった。
自分は海軍兵学校の同期生を始めとする面々から、闘争心が強いことから、
「軍鶏」
という渾名で呼ばれることが多かった。
敗北した軍鶏が、鶏油を使った料理を御馳走されては、笑うに笑えない事態ではないだろうか。
「正直に言わせて貰えば、ユダヤ料理と一括りにされがちですが、大雑把に言えば、二つに分かれていて、色々と差異がありますから」
笹井中尉達の通訳(笹井中尉は海軍兵学校卒業生として、英会話が出来るまでの英語教育を受けていたが、坂井三郎ら3人の下士官兵は英語が話せないも同然だった。そうしたことから、最も日本語が堪能であることも相まって、カテリーナ・メンデス中尉が通訳を務める事態が起きていた)のメンデス中尉は、ボヤくように言った。
「そうなのですか」
「ええ。食のタブー、食べてはいけないモノとか、細かく言いだしたら、色々と違いますからね。それこそ米さえ、一定の時期には食べてはいけない、とアシュケナージ系は言いますが、私達のセファルディム系は食べても構わない、と言いますからね」
笹井中尉とメンデス中尉は、そんな会話を交わして。
それを傍で聞いていた坂井三郎達は、想わず顔をひきつらせた。
一定時期に限られるとはいえ、米が食べられない等、ユダヤ教の食のタブーは怖ろしくて適わないな。
「同じユダヤ教徒でも、食のタブー等は色々と違うのですよ。異教徒の貴方達に、余り話すことではないので、そこまでにしますがね」
メンデス中尉なりに、この件については色々と考えることがあるのだろう。
そんな感じで、この件の話は終えることになったが。
笹井中尉にしてみれば、それ以上に教えを乞う必要がある代物があった。
「ところで、先程の空戦の際に、貴方達が行った空戦機動について、詳細を教えて頂けないでしょうか」
笹井中尉は、土下座しかねない勢いで乞い願った。
実際に笹井中尉にしてみれば、何としても教えを乞わねばならなかった。
あれ程の空戦機動、逆に自家薬籠中の物にしない訳には行かない。
そして、それを周囲に教えること等で、日本海軍の戦闘機部隊の技量を向上させるべきだ。
更に考えれば、自分達の操る百式戦闘機よりも、P39戦闘機は低高度ならともかく、中高度以上の空域では空戦性能は劣るのに、メンデス中尉達は戦果を挙げ続けているのだ。
自分達も、メンデス中尉達の空戦機動を何としても学んで、ドイツ空軍等を圧倒せねばならない。
(尚、この辺りは誤解が混じっていた。
メンデス中尉達は、低高度で戦うことに徹することで、勝利を収めていたのだが。
笹井中尉達は、メンデス中尉達は中高度以上の戦闘でも、P39戦闘機で勝利を収めてきた、と完全に誤解していたのだ。
そして、坂井達も笹井中尉と同様に考えていたのだ)
「宜しいですよ」
メンデス中尉にしてみれば、自らの空戦術は秘密でも何でもない、それ故に気軽に教示したが。
笹井中尉達は、その教えを懸命に咀嚼する事態が起きた。
その結果として、第251航空隊は、この後で空戦術を磨き上げて、英仏日等の連合軍内での精鋭の名を、更に高める事態が起きた。
最後の辺りですが、実際に第251航空隊内部に戦術が広まるのは、数か月先、1942年春以降になりますが、ここで書いておかないと、私が忘れそうなので付記しました。
御感想等をお待ちしています。




