第29章―4
さて、そんな事態が第251航空隊の面々によって引き起こされていた、1941年12月頃だが。
カテリーナ・メンデス中尉が所属するユダヤ人航空隊は、連合軍によるフランス本土からベルギー本国解放までの半年余りの戦闘に伴って損耗していた。
その為に2月余りに亘っての拡大再編制を、改めて英本土で行なうことになっていたのだ。
それがようやく完結したことから、再び戦場に、欧州大陸での最前線基地に、カテリーナが所属するユダヤ人航空隊は年明けには赴く予定になっていた。
更に、その際には、カテリーナは大尉に昇進して、16機編隊の中隊長になるのが内定していた。
「幾ら何でも昇進が早過ぎるわ。私はもう少し中尉でいたい」
とカテリーナ自身は、周囲に零していたが、周囲の見方は全く違っていた。
カテリーナ自身は、1941年12月のこの時点で、最前線で半年余りも戦い続けた結果として、共同撃墜も併せれば30機近い戦果を挙げることが出来ていた。
これは言うまでも無いが、この時点における英仏日等の連合軍の中では、トップと言える戦果を挙げているとまでいえるものだった。
更に言えば、カテリーナの指揮する小隊は、その半年余りの間、誰一人欠けてはいなかった。
勿論、全く被撃墜の憂き目に、カテリーナの部下が遭っていないということはない。
だが、皆が撃墜後に生還に成功しているのが、幸運に恵まれたのもあるが現実だったのだ。
こうしたことから、カテリーナの直属の部下になりたい、との志願者は増える一方で、それこそこれまでの部下に対し、一部の隊員が嫉視の余りにイジメ沙汰を起こすほどに至っていた。
(最もこれは、ある程度は当然と言える事態だった。
何しろ部下に成れば、生存できる、という噂が、ユダヤ人の航空隊内で公然と流れているのだ。
そして、それが現実なのを知れば。
戦場から生きて還りたい、と望む面々からすれば、カテリーナの部下というのは垂涎の地位だった)
更に言えば、部下達もカテリーナの指導の下、エースに育っており、カテリーナの率いる4機小隊は、小隊全体の戦果としては60機近い戦果を挙げていたのだ。
こうしたことが、更にカテリーナの率いる小隊の人気を高めており、そうした背景もあって、大尉に昇進して、更に16機を率いる中隊長に任命される事態を、カテリーナに引き起こしていた。
最もカテリーナ自身は、少し冷めた見方をせざるを得なかった。
何とも皮肉なことに、カテリーナ達の愛機はP39戦闘機である。
そして、自分達は低空戦闘に徹することで、P39戦闘機で優位に戦うことが出来てはいるが、これが中高空での戦闘を行なうとなったら、どういう事態が引き起こされるか。
自分が幾ら腕を振るっても、相手がスピットファイア戦闘機や百式戦闘機どころか、ハリケーン戦闘機であっても苦戦を強いられる事態が引き起こされるだろう。
そして、何時までも、ユダヤ人の航空隊が低空戦闘に徹し続けるという訳には行くまい。
こうした事情から、内々では上司等に機種改編の希望を、自分は出しているのだが。
下手にP39戦闘機で戦果を挙げている為に、今のままで良いのでは、という者が上層部にそれなり以上にいるようで、機種改編が行われるという噂さえ、自分の下には届いてこない。
確かに機種改編をするとなれば、それなりに費用等が掛かるので、上層部の考えが、自分でも分からなくはないのだが、徐々に新型機に機種改編をすべきではないだろうか。
個人的には、米国製のP38戦闘機やP40戦闘機等を、実戦で使えるかどうかの運用試験名目で、ユダヤ人の航空隊に導入して欲しい、と考えるのだが。
カテリーナは当時、そんなことを考えていた。
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