第29章―3
ともかく、そういった背景からベルゲンに展開している第251航空隊で、基本的にドイツ本土の工業地帯への爆撃行を行なう重爆撃機部隊の護衛任務を遂行することに、笹井醇一中尉はなっていた。
更に言えば、士官ということもあって、笹井中尉自身の内心では躊躇わざるを得なかったが、すぐに4機編隊の小隊長を任されることになってもいた。
とはいえ、日本と欧州の距離は余りにも遠いこともあり、それこそ連日に亘るドイツ本土の工業地帯への爆撃行を、日本の航空隊が断行するのは、色々な意味で困難なモノがあった。
連日に亘る爆撃行を行なうとなると、それなり以上の補給物資が必要不可欠であり、それこそ燃料等は英米等が供給してくれたが、必要な航空部品類等となると日本本国から運ぶのが稀では無かったからだ。
更に言えば、英本土や(この時期に成ればだが)ブルターニュ半島に展開している航空隊ならば、完全に後方と言える状況にあり、出撃が無いときは搭乗員(及び整備兵)は寛いで休めたといえるが。
ベルゲン等の前線に近い飛行場に展開している航空隊では、搭乗員等が出撃が無いからといって、寛いで休むのは困難だった。
どうのこうの言っても、ドイツ空軍は、まだまだそれなり以上の戦力を維持しており、少しでも前線に展開している連合軍の航空隊の戦力を削ろうとして、連合軍の前線に近い飛行場に空襲を行なう等の妨害を行なうのが、稀では無かったからだ。
そんなことから、ベルゲンに展開している航空隊は、様々な意味で消耗が溜まったことから、交替で後方と言える英本土へと移動して、休養する事態が起きることになった。
日本の一部の高級士官は、
「最前線から下がって休養したい、と望むような日本の軍人はいない」
と精神論から、このことに反対したのだが。
英軍等から、
「疲労した部隊を酷使しては、損害が増すばかりになりかねない」
「日本本土から、そんなに補給物資が届いたり、人員の補充が円滑にできたりするのか」
という忠告があったことから、そういった高級士官も最終的には沈黙して、ベルゲンに展開している日本の航空隊は交替で、英本土に休養に赴くことになった。
だが、後方に下がったといっても、良くも悪くも日本の航空隊の面々だった。
完全に寛ぐこと等は出来ず、後方に下がったら下がったで、訓練飛行を行いたがる面々が続出する事態が起きたのだ。
そして、第251航空隊も、同じような事態を引き起こした。
そんなことから、当時、第251航空隊の副長を務めていた小園安名中佐は、ちょっとしたことを想いついて、周辺各所に働きかけることになった。
そして、小園中佐が何をやったか、というよりも、何をやらかしたのか、というと。
「まるで道場破りの気がするが」
「お互いの腕試しですよ。それに単に休んでいては、腕がなまりますよ」
笹井中尉と坂井三郎は、そんな会話をすることになっていた。
第251航空隊の中での希望者を、英本土で休養再編中の航空隊、それも英空軍を中心とする面々に対して、お互いの戦場における戦訓を伝え合うための訓練だ、というのを公式の名目、言い訳にして、派遣することにしたのだ。
この小園中佐の働きかけに対して、本音では多くの英空軍の面々等は、休むときには休むモノだ、と冷たい態度を基本的に執ったのだが、そうは言っても、お互いの戦場における戦訓を伝え合うための訓練という名目があっては、そう断るのも難しい。
そんなことから、第251航空隊の希望者は、英本土で休養再編中の航空隊をしょっちゅう訪問しては、お互いの戦場における戦訓を伝え合うための訓練という名目の下に、模擬戦闘を好んで行う事態が起きることになったのだ。
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