第28章―16
とはいえ、そういったスヘルデ河口部からの撤退作戦を、ドイツ軍としては、色々な意味で気取られる訳には行かなかった。
特に皮肉なことに、ドイツ軍にしてみれば、ヒトラー総統にそれを気取られるわけには行かなかった。
スヘルデ河口部から撤退しては、アントウェルペン港が連合軍にとって使用可能になる、そうなっては連合軍の補給問題が大幅に改善し、我がドイツが不利になるではないか等の表向きの理屈を唱える一方、感情的には、寸土も我がドイツ軍が退くことは許されない、しかも、その相手がユダヤ人と劣等人種である日本人の部隊であっては二重の屈辱である、というヒトラー総統の主張が為されるのは必至だからだ。
最後には、
「戦闘に敗れるのは止むを得ないが、自発的に撤退するだと、ユダヤ人と日本人を怖れて退却するようなドイツ軍の将軍は、敗北主義者として銃殺刑に値する」
とまで、ヒトラー総統は叫びかねない、とドイツ軍最上層部は考えたのだ。
ともかく、そうしたことから、ドイツ軍最上層部としては、本音では行いたくない作戦までもが行われる事態になった。
勿論、ドイツ軍最上層部としてみれば、行わないという選択肢がない訳では無いが。
後々でのヒトラー総統からの難癖を考えれば、作戦を行わない訳には行かなかったのだ。
さて、その作戦の内容だが。
「新たに新規編制されたといえる、我がグロースドイッチュラント師団の初陣は、スヘルデ河口部を固守する友軍への救援作戦ですか」
「そういうことだな」
部下からの声に、「戦車伯爵」ヒアツィント・シュトラハヴィッツ中佐は、複雑な想いを秘めた上で答えざるを得なかった。
シュトラハヴィッツ中佐程の立場、才能のある身ならば、この救援作戦が、どのような思惑で行われることなのか、何となく感覚的に察せざるを得なかったのだ。
この救援作戦は、本気で行われては、却って困る代物だ。
正直に言えば、ドイツ軍最上層部の思惑、言い訳から行われる代物なのだ。
ドイツ軍最上層部にしてみれば、最後は失敗に終わるだろう、と達観した想いさえもしている。
それならば、自分はこの作戦発動を拒否するなり、むしろ成功させるなり、という選択をしても、良いのではという邪念さえも浮かぶのだが。
シュトラハヴィッツ中佐自身にしても、ドイツ軍最上層部の思惑に賛同するのが現実だ。
最早、スヘルデ河口部を、我がドイツ軍は死守すると言うのは、敵に与える損害よりも、味方に与える損害が大きい事態が生じつつあるのだ。
勿論、全体としてみれば、というレベルであって、日本海兵隊やユダヤ人部隊に、我がドイツ軍が痛撃を与えられない、ということではないが。
だが、日本海兵隊やユダヤ人部隊に大損害を与えた代償として、英仏軍がライン河の渡河作戦に大成功して、ルール工業地帯を速やかに占領等する事態が起きては。
我がドイツが、この大戦に早期に敗れて、無条件降伏の止む無しに至るだろう。
更に言えば、英仏にしてみれば、自国及びその軍隊の損害が減る以上はむしろ大歓迎する事態だろう。
祖国にとって有利な作戦であっても、敵国にとって更に有利な作戦を遂行する等、祖国を愛する軍人が積極的に執るべき作戦では断じて無いのは当然の判断ではないだろうか。
そこまで突き詰めて考えるならば。
自らが泥水をすする事態を引き起こそうとも、祖国ドイツを愛する一人の軍人としての立場から考えて行動するならば。
スヘルデ河口部のドイツ軍に対する救援作戦を発動する一方、その作戦を最終的には失敗させるのが至当と考えざるを得ないではないか。
シュトラハヴィッツ中佐はそう考えざるを得なかった。
更に、その周囲の殆どの軍人も賛同する事態だった。
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