第28章―7
さて何故に「7人乗りの棺桶」とまで、M3中戦車が一部の英仏軍の将兵からは酷評されたのか、という理由だが。
英仏軍の将兵と言えど、M3中戦車が米国製兵器の常として、稼働率が高く、整備しやすい点については高評価を与えているが。
それ以上に、75ミリ主砲と37ミリ副砲の混載、更に機関銃を4丁搭載していること等から、乗員が基本的に7人も必要というのが、まずは嫌われた。
(尚、無線機を砲塔内に設置して無線手を車長と兼任させる方法等で、6人で運用できなくも無かった)
更に言えば、腰高な戦車というのは、確かに敵を見つけやすいという利点になるが、それ以上に敵に見つかりやすいという欠点にもつながる。
そして、M3中戦車を発見したドイツ軍の戦車は、M3中戦車を発見すると、M3中戦車の左側に速やかに回り込んでの攻撃を、好んで多用した。
こうなると、75ミリ砲を右のスポンソンに搭載しているM3中戦車は苦戦を強いられることになる。
又、37ミリ砲は仰角こそ対空射撃が可能な程だったが、俯角はそうでもなく、その為に高さがそんなにない戦車や突撃砲に潜り込まれると、攻撃不能になると言う問題があった。
そして、遠距離では威力が不足気味であり、中途半端な性能だったのだ。
更にガソリンエンジンを搭載していることから燃えやすく、炎上すると7人の乗員全員が死亡することが多いという問題が露わになるのだ。
そんな様々なことから、一部の英仏軍の将兵からは「7人乗りの棺桶」とまで呼ばれる事態が、M3中戦車には生じたのだ。
そして、英日は自らの国産戦車の方を好んだこと、その一方、フランスは本土の多くをドイツの占領下に置かれたことから、米国製戦車はフランス陸軍に大半が供与されることになった。
(念のために書くが、米国製戦車の全てがフランス陸軍に供与された訳では無く、一部は英国やオランダ、ベルギー、ノルウェーといった陸軍にも供与されている。
だが、日本陸軍や日本海兵隊に、米国製戦車が供与されることは無かった。
日本陸軍や海兵隊が、自国の戦車に誇りを持っていて、米国製戦車の供与に消極的だったこと、又、米国政府も、日本への戦車の供与には消極的だったことから、そのような事態が生じたのだ)
そうしたことから、M3中戦車を正面に押し立てて、M2軽戦車やM3軽戦車を偵察任務に主に使って、フランス陸軍は進撃したと言っても、あながち間違いでは無いのだが。
それこそ旋回式砲塔に75ミリ主砲が、M3中戦車には搭載されていないことから、特に左側面からのドイツ軍の待ち伏せ攻撃に、フランス軍は苦労する事態が起きていた。
そういった場合、副砲の37ミリ砲で対応して欲しい、と米国政府、軍は言ったが。
上述のように37ミリ砲は威力不足だったのだ。
更に言えば、腰高なM3中戦車は、ドイツ軍にしてみれば遠方から見つけやすい存在で、進撃路に罠を仕掛けやすい戦車としか、言いようが無く、そうした点でも進撃に用いるのには向いていない戦車としか、M3中戦車は言いようが無かった。
(この辺り、少なからず類推した説明になるが、史実のドイツ軍が、突撃砲を戦車代わりにして、前線での攻撃に余り使えなかったのと同じようなことだった。
主砲を旋回式砲塔に搭載していれば、速やかに側面等からの敵の攻撃に対応できるが、固定式砲塔では車体の向きを変えねばならないのだ。
M3中戦車の場合、スポンソン式なので多少はマシとはいえ、左右併せて30度では不十分としか言いようが無い)
しかし、1941年のこの頃のフランス軍には、他に真面な戦車は無いと言っても過言では無く、M3中戦車を正面に押し立てて戦うしか無かったのだ。
この当時の戦車の乗員は4人か、5人といったところでした。
そうした中で7人もの乗員が必要で、更にそんなに強力な戦車と言い難い戦車とあっては。
M3中戦車に悪評が生じるのも、止むを得ない、ということでお願いします。
(尚、史実でも、ソ連等でM3中戦車は「7人乗りの棺桶」呼ばわりされています)
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