第28章―4
そんなやり取りを、米内洋六夫妻はした末に、お互いの所属部隊がいる場所に帰営したのだが。
夫妻は色々と考えざるを得なかった。
それこそ洋六どころか、久子でさえ、藤子が自分達の子どもの面倒を見ている現実を辛く感じた。
ある程度は、この(第二次)世界大戦が長期化するだろう、という考えを、共にしていなかった訳ではないのだが、それを現実に経験する事態となり、更に何時に成れば、共に日本に還れるどころか、自分達夫妻の間の長男と言える仁までも、欧州に赴くのではないか、という危惧を抱く状況とあっては。
洋六どころか、久子でさえも色々と考えざるを得なかったのだ。
そんな想いを米内洋六夫妻がしている頃、カテリーナ・メンデス中尉は、それこそ燃料を始めとする様々な物資の微妙な不足に悩みながら、フランスとベルギーの国境近くの前線飛行場にいた。
更には、それこそ自分達から行う敵ドイツ空軍飛行場等に対する空襲の際の爆撃隊護衛任務や、ドイツ空軍が展開している味方地上部隊に対する地上攻撃に対する阻止任務等を、カテリーナやその部下、又、その同僚等は展開していたのだ。
そして、断続的なドイツ空軍との交戦を終えて、戦闘を終えたある日の夕方のことだが。
「何とか今日も生き延びられたわね」
「そんなことを言わないで下さい。何だか、自分達が敗勢にある気がします」
「生き延びること、それが最優先だと覚悟を固めて戦いなさい。死んでも構わないとか、それは自分から命を失い、更には自分の味方の命までも失うことに繋がるわよ」
自らの直属の部下の愚痴を、カテリーナは一蹴した。
実際、カテリーナの考えが間違っているとは言い難いのだ。
前線で戦う将兵にしてみれば、自分達が生き延びるのが最優先になるのは当然だ。
更に言えば、そうやって生き延びることで、エース、精鋭に将兵が育っていくのだ。
とはいえ、そんなことを言われるだけでは、部下が委縮するだけになる。
「カテリーナ中尉の仰られることは、ごもっともです。ところで、鮭が届いたので、炊事兵が奮闘して、ロックスを作りました。どれ程の味になったかを楽しんで、又、気持ちを落ち着けましょう」
別の部下が、カテリーナを宥めた。
「確かにその通りね。少し私もきつく言い過ぎたわ」
部下の進言を、表面上は素直に受け入れたが、カテリーナは更に考えてしまった。
ロックスか。
鮭の切り身をマリネ液に漬け込んで、更にベーグルに載せて食べる料理(と言える)。
部下にしてみれば、折角のユダヤ料理という想いがするのだろうが、自分にとってはそうではない。
ロックスは、アシュケナジム系の料理であって、私達のセファルディム系にしてみれば、馴染みが無い料理と言っても過言ではない。
そこまで拘る必要は皆無なのだが、そうは言っても、何だかアシュケナジム系こそが、本来のユダヤ人だと言われている気がするのは、私の勘繰り過ぎだろうか。
ユダヤ人内部でさえも、ユダヤ料理と一括りにされがちだが、私が知る限りは、アシュケナジム系とセファルディム系のユダヤ料理は微妙どころか、大いに違う気がしてならない。
例えば、料理に使う主な油についても、アシュケナジム系は鶏油が多く、セファルディム系はオリーブ油が多い、といった違いがあるのだ。
この辺りは、お互いが住む土地が違ったから起きたとしか、言いようが無いのだろうが。
そうは言っても、私にしてみれば、鮭の切り身は、上海在住時代は食べておらず、日本でもあまり食べた覚えはない。
それなのに、鮭の切り身をユダヤ人ならば食べたことがあるように言われるのは。
私としては、何となく癇に障る事態だな。
カテリーナは、そこまでのことを考えてしまった。
私が調べる限りですが、昭和10年代の横須賀というか、関東地方以南の太平洋沿岸地域では鮭があまり食べられておらず、例えば、正月の魚というと、ブリがメインになっていたとか。
これが、北海道、東北、北陸地域だと、鮭がメインになります。
私が調べる限りですが、冷凍冷蔵技術の進化によって、鮭は日本中で人気が出たようです。
話中のカテリーナの想いには、そうした背景があります。
御感想等をお待ちしています。




