第27章―10
そういった発言で閣議を終えようとしている頃、米内光政首相は、先日、吉田茂外相から聞かされた話を思い起こしていた。
ロンドンに派遣されている前田利為中将は、表向きは日本大使館付きの特別駐在武官だが、それこそ日露戦争時の明石元二郎大佐のような役目を果たしており、欧州全体に日本独自の諜報網(後に常設化された日本外務省の外局、秘密情報局の源流の一つになる)を築こうと努力している真っ最中だ。
そして、その一環として、早速、MI6(英国秘密情報部)との連携関係を前田中将は作ったのだが。
その連携関係を介して、ソ連海軍のきな臭い動き、増強計画が届いたのだ。
それこそ戦艦15隻、重巡洋艦(と言いつつ、日本の超甲巡に相当する艦種で、国によっては巡洋戦艦と呼称される)16隻を中心とする大艦隊を、1936年から10年を掛けて建造するつもりだ、という計画を、かつてのスターリンが率いるソ連政府が立案したと言う情報を、日本政府、軍とて従前に全く掴んでいなかった訳ではない。
だが、ロシア帝国時代ならばともかく、ソ連が成立して以降、そういった大型艦を建造する能力は失われている、というのが、海軍を中心とした日本政府、軍内部での判断であり、それこそかつて日本が計画した八八八艦隊に匹敵する、現実を完全に無視した計画という評価が為されていたのだ。
更に言えば、その計画の立案後にソ連国内で吹き荒れた「大粛清」の嵐があった。
当時のソ連国内の秘密主義から、詳細はとても掴めるモノでは無かったが、それでもソ連国内が混乱状態にあるのは間違いない、との判断を日本政府、軍が下せる程度の情報は掴めたのだ。
そして、それによって、ソ連の技術者もかなりが失われているようだ、との情報まで漏れ聞こえてきたことから、尚更にこういった海軍建設計画は不可能になった、と日本政府、軍は判断していた。
そういった従前の経緯がある中で、前田中将はMI6から新たなソ連海軍建設計画が立てられたようだ、との情報を提供されたのだ。
更に、その中には極めてきな臭い情報まで混じっていた。
ドイツやイタリアが、原油を入手する一環として、軍艦や砲に関する設計図を始めとする様々な技術等を提供したようだ。
そして、ソ連はそれを活かした海軍建設計画を、新たに立案したらしい。
その内容だが、(史実で計画、呼称された艦名で記すが)ソビエツキー・ソユーズ級戦艦4隻、クロンシュタット級重巡洋艦2隻を、ソ連政府は建造することにしたようだ。
特にソビエツキー・ソユーズ級戦艦は、主砲として40サンチ砲9門を三連装砲塔三基にまとめて、排水量が6万トン級に達するとの情報まである、とMI6は前田中将に伝えてきたのだ。
ちなみにクロンシュタット級重巡洋艦にしても、主砲として30サンチ砲9門を三連装砲塔三基か、40サンチ砲6門を連装砲塔三基にまとめて搭載している公算大で、三万トン級とのことだった。
その中で、どれだけが太平洋艦隊に配備されるかは不明だが、ソビエツキー・ソユーズ級戦艦に対抗できる戦艦を、日本海軍が保有していないのが大問題だ。
計画段階に止まっている大和級戦艦を、本格的に日本は建造する必要があるかもしれない。
だが、これはこれで第二次世界大戦後を見据えれば好都合かもしれない。
ソ連海軍が、そのような巨大戦艦を保有すれば、日本海軍としても、それに対抗する必要が生じる。
そして、米ソ両国を相手取って日本が同時に戦うことは不可能であることを、多くの日本陸海軍の面々は理解している。
だから、米国と友好関係を築き、対ソ、対中戦に傾注すべき、という日本外交をしやすくなるだろう。
米内首相はそう考えていた。
これで第27章を終えて、次話から第28章になり、主にベネルクス三国を舞台にした様々な戦場の話になります。
尚、私の悪癖もあり、冒頭の数話は米内洋六夫妻の現状を絡めた話になります。
(第26章で描く予定が、延びた余波ということで、平にご寛恕をお願いします)
御感想等をお待ちしています。




