第27章―8
そんなことまでも賀屋蔵相は考えることになったが、閣議の出席者の大半の意見に抗しきれる筈も無く、最終的には「弾丸列車」計画は推進されることになった。
(とはいえ、大戦中ということもあり、無い袖は振れない、ということで、結果的に第二次世界大戦中は、ほぼ紙の上の計画に「弾丸列車」計画は止まらざるを得ず、何とか現実化したのは、新型機関車の開発等に止まることになった)
そうした国内における大問題があったが、閣議に出席している面々の殆どが、1941年8月現在における国際情勢については、頭を痛めざるを得なかった。
まず、日本を中心とするアジア情勢を述べるならば。
中国内戦は、国共間で完全に泥沼化しつつあった。
更に言えば、日本政府、軍としては、どちらにも肩入れできない現状だとしか、国内世論等から言わざるを得なかったが。
これはこれで、国共双方から日本が恨まれるのが現実だったのだ。
そして、余りにも不気味なソ連政府の存在。
日本政府、軍の判断としては、こちらから仕掛けない限り、ソ連も「大粛清」に伴う国内混乱鎮圧を優先せざるを得ない、と考えられている状況にあるのだが。
そうは言っても、ドイツとのポーランド分割やバルト三国の併合、更にはフィンランドとの冬戦争の結果に伴うカレリア半島の獲得等、ソ連政府の拡張主義は警戒しない訳には行かないのが現実だった。
(だが、その一方で「冬戦争」等で明らかになったソ連軍の不手際から。
それこそ満蒙の国境線を大々的に突破し、満蒙を三方から包囲するような大作戦を、ソ連軍が展開できるのか、というと。
日本軍のみならず、連合側の英仏等どころか、中立国の米国等の軍部も、ソ連軍にそんな能力があるとは考えにくい、と判断するのが、この当時の現実だった。
更に言えば、スターリン率いるソ連政府自身が「冬戦争」の不手際から、ソ連軍の再強化が必要不可欠と考えている現実までもが、実はあったのだ。
そうしたことから、日本とソ連等の関係は、この後、暫くは冷戦状態が続くことになったのだ)
そして、少なからず視点を変えて、東南アジアから西アジア方面にまで目を向けるならば。
米国からの独立が既に確約されたフィリピンは多少はマシと言えたが、それ以外のアジア地域、特に英仏蘭日によって植民地化されている地域は、様々な意味で不安定化しつつあった。
それこそ少しでも英仏蘭日等の足を引っ張って、自国の勢力圏とは言わないまでも、いわゆる息の掛った地域にしようと、ソ連政府も、中国国民党も様々な謀略を行ない、武器の輸出等も行っていたのが、現実だったからである。
唯でさえ、世界大戦下にあり、英仏蘭等は本格的に参戦している以上、植民地内が不穏になっているからと言って、本国から独立運動に対処するために派兵する等、困難というより不可能な状況にある。
そして、日本にしても、背に腹は代えられないとして、海兵隊等を欧州に派兵しており、又、陸軍の主力は満蒙にて、ソ連や中国国民党、中国共産党と対峙しなければならないのが現実なのだ。
こうした状況から、アジア各地で独立運動が活発化して、更にそれに英仏蘭日等が対処しようにも、様々な意味で困難になるのは当然としか言いようが無かったのだ。
そうしたことから、この頃の日本の閣議は、何とも言えない想いをする者が増える一方だった。
更に頭が痛いと言えるのが、この動きがアフリカ大陸各地にも波及しつつあるらしいことだった。
基本的に物々交換によるものらしいのだが、それこそ兵器等が売却されることで、アフリカ大陸の現地の反政府武装組織の戦力強化が行われる事態が、ソ連政府や中国国民党政府の支援で起きているらしかった。
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