第26章―2
米内仁は、藤子や自らの異父弟妹の居る小林家に到着するまでの間、藤子と四方山話をしながら、歩むことになった。
お互いに色々と語り合いたいことが溜まっていたからだ。
「(異父弟妹の)早苗や正、松江達は元気なのか」
言わずもがなのこと(何かあれば、すぐに藤子は仁に連絡する筈だ)だが、仁は藤子に訊ねた。
仁なりに、義妹で許嫁の藤子には気を遣わざるを得ない。
何しろ藤子にとっても異母弟妹に成るとはいえ、本来から言えば仁の異父弟妹の面倒を看るのは、藤子ではなく、仁の父方祖父母なのだ。
それなのに、仁の母の米内久子が暴走した結果、自らの異父弟妹の面倒を、まだ女学生1年の藤子と、その母方祖父母の小林夫妻が看る事態が起きているのだ。
「元気よ。ようやく、私の母方祖母の(小林)はるの料理の味に馴染んでくれたのもあるみたいだけど。本当に嬉しくてならないわ」
藤子は、仁に皮肉を言った。
仁は想った。
藤子にしてみれば、異母弟妹が、自らの養母にして異母弟妹の実母の久子の料理よりも、自らの母方祖母の料理に馴染みつつあることが、何とも言えない事態なのだろう。
そんな仁の想いを無視して、藤子は言った。
「小林アンナさんが、夫の亨二さんと一緒に小林家を訪ねる予定になっているけど、妙なことはしないでよ」
「わざわざ言われなくても、分かっている」
「本当?」
仁の言葉に、痴話喧嘩めいた答えを藤子はした。
言わなくとも良いことかもしれないが、藤子にしてみれば、アンナは危険な存在だった。
亨二はアンナに惚れて結婚したのだが、アンナはそうではない。
アンナにしてみれば、日本国籍取得の方便に、亨二との結婚は過ぎないらしいのだ。
アンナが仁と浮気をするのでは、と勘繰り過ぎと言われようと、藤子は警戒せざるをえなかった。
そんな藤子の様々な想い、考えを逸らす為に、敢えて仁は全く別の話を始めた。
「ニュース映画で見たかもしれないが、本当に戦艦長門は、日本の誇りだな。
『お前ら全員、この長門の姿を目に焼き付けろ』
と教官に連れられて行き、呉海軍工廠に帰還して来た長門の姿を、海軍兵学校生全員で見たが。
自分も含めて、ほぼ全員が長門の雄姿に涙を零したよ」
仁の言葉を聞いた藤子は、目を輝かせて言った。
「本当、私もそれを直に見たかった。ニュース映画で見るより、印象に残ったでしょうね」
「絶対に印象に残った、と思うよ」
義兄妹というより、許嫁同士は、共に同じ光景を幻視していた。
1941年8月初め、ル・アーブルでドイツの海軍砲台と撃ち合った結果、大破した戦艦長門は、英本国で突貫での応急措置が行われた後、満身創痍としか言いようが無い有様で、日本本国に帰還して、自らが建造された呉海軍工廠で修理が行われることになったのだ。
そして、英本国での応急措置前、大損害を被って廃艦寸前といわれて当然の姿と、大西洋からインド洋の波濤を越えて、呉海軍工廠でドック入りする直前の姿とが、長門の二つの雄姿として、日本中に流布しているといっても過言ではない状況に、この当時はあったのだ。
更に言えば、この二つの雄姿は、長門こそが日本の誇りだとして、多くの日本の国民が涙する事態を引き起こしてもいたのだ。
何しろ世界最大の戦艦フッドを轟沈させたドイツの大砲の弾を、何百発も浴びた筈なのに、長門は主砲射撃が可能だったのだ。
(細かいことを言えば、精確な照準射撃は不可能な有様に長門は陥っており、盲弾を撃つしかないと言われて当然だったのだが、多くの部外者に其処までのことが分かる訳が無かったのだ)
そして、実際に呉でも、長門は主砲の礼砲射撃を行って入港して。
その砲声を聞いた殆どの人が、感動の余りに涙を零したのだ。
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