第25章―5
幕間的な話で、ル・アーブル救援作戦についてのドイツ軍側の事情になります。
こういった英仏日等の連合軍の行動に対するドイツ軍の対応だが、結論というか、その行動からすれば、英仏日等の連合軍の予測に従った行動を執らざるを得なかった。
それこそ、英仏日等の連合軍の反攻開始にともなって、ノルマンディー、ブルターニュ半島の沿岸に沿って築かれていたと言える防衛線は、一部、特にノルマンディー半島方面では残存していたが。
かといって、その防衛線を固守しようとしては、ブルターニュ半島南部を中心に浸透して来る英仏日等の連合軍の大攻勢によって、後方に回り込まれることになり、却って、ドイツ軍の面々が包囲殲滅させるのを手助けするような事態を引き起こしてしまいかねない。
そのようにドイツ陸軍の上層部は、最終的に判断したことから。
この時、ルントシュテット元帥を最高司令官としていた西部戦線に展開しているドイツ陸軍は、ヒトラー総統からの、
「フランス本土のドイツ軍占領地を放棄するのは、断じて許されない」
という命令、主張に対して、
「現実的に言えば、英仏日等の連合軍の大攻勢の前では、とても防衛線を築くことは困難で、後で我がドイツ軍が大反撃を行なうために、一時の転進は止むを得ません」
と懸命に反論する一方で。
現場レベルでは、ヒトラー総統とドイツ陸軍最上層部が論争をしている間に、速やかに、フランス本国の中南部の主な拠点からの撤退を、多くのドイツ陸軍は行なう事態が起きることになった。
とはいえ、そうは言っても、という事態が起きるのは、どうにも避けられないことだった。
更に言えば、旧ユーゴスラヴィア王国内、主にドイツ軍の占領下にある地において、チェトニクやパルチザンの武装蜂起、抵抗活動が起こっていたとはいえ。
それよりも、フランス本国における英仏日等の連合軍の大攻勢に対処する方が遥かに重要だ、とヒトラー総統やドイツ陸軍最上層部は判断する事態が起きたことから、旧ユーゴスラヴィア王国内で治安維持活動に当たっていた装甲師団等の一部は、フランス本国に援軍として駆けつける事態が起きた。
こういった事情が絡み合った末に、英仏日等の連合軍が行った最初期の大攻勢を懸命に阻止して、ル・アーブルを懸命に防衛しているドイツ陸軍等の約2個師団相当の兵員を、何としても救出しよう、とドイツ陸軍の最上層部は考える事態が起きた。
ノルマンディー、ブルターニュ半島において英仏日等の連合軍と対峙していた、我がドイツ陸軍の防衛線に展開していた部隊の多くが崩れたつ事態が起きており、このままでは、フランス本国の中南部に展開しているドイツ軍(その多くが陸軍の部隊)が撤退する時間も無く、孤立化、無力化する事態が起きかねない。
(言うまでも無いことだが、軍隊にとって、補給が途絶することは、戦力として無力化される事態が起きることになる、と言っても過言ではないのだ)
更に言えば、救出可能に見える部隊、味方について、救援活動を行わずに見殺しにするようなことをしては、いざという時に、自分達も見捨てられるのではないか、という不安感を部隊内で高めることになり、士気等が低下しかねない。
そういった主張が、この時に西部戦線に展開していたドイツ陸軍の最上層部内で起きることになり、更にその主張は、ヒトラー総統の主張とも合致していたことから。
ル・アーブルで抗戦しているドイツ陸軍等の部隊について、英仏日等の連合軍の包囲を打ち破って、何とか救援しようという動きが、この時に西部戦線に展開しているドイツ陸軍内で高まる事態が起きた。
だが、その為に投じられる兵力等、詳細がドイツ軍内で決まるのに、それなりに協議等が行われる事態が起きるのは、止むを得ないことだったのだ。
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