第25章―4
実際、南雲忠一中将と八原博通中佐の会話は、それなり以上に英仏日等の連合軍の行動を予測し、又、ドイツ軍の対応行動までも予測しており、その通りにこの後の戦線は動いていくことになった。
英仏日等の連合軍の当初の計画では、最初の段階の攻勢として、戦線の南北両端から主力となる戦力を投入することで、理想的な両翼からの包囲殲滅を、ドイツ軍に対して行う。
それによって、主力となる戦力を欠くことになったドイツ軍に対する追撃を、第二段階で積極的に行なうことで、ドイツ軍主力を更に叩きのめす。
そして、第三段階として、フランス本国内のレジスタンスと共闘して、フランスのほぼ全土をドイツの占領地から解放しよう、というのが基本計画とされていたのだ。
だが、ル・アーブル沖合における戦艦フッドの沈没と戦艦長門の大破は、確かに表面上は相撃ちといえる結果であり、ドイツ海軍の軍人が主に守っていた砲台兼要塞の破壊に成功したと言えるのだが。
その代償として、ル・アーブル近郊のドイツ陸軍が築いた防衛陣地に対する戦艦等の艦砲射撃が行われないという事態を引き起こしていた。
その為に、ル・アーブルを早期に制圧して、そこを新たな補給拠点としても活用し、ドイツ軍の両翼包囲を実行しようということが不可能な事態が引き起こされた。
そうした状況に対応するために、英仏日等の連合軍の最上級司令部は、新たな作戦を急きょ立案して断行しようとすることになった。
その基本的な内容だが、両翼包囲ではなく、右翼、つまりブルターニュ半島南部からの包囲作戦によって、ドイツ軍に大打撃を与えようという作戦である。
更に言えば、左翼、主にル・アーブルに対して、敢えて緩い攻撃を行なっているように見せかけて、そこを拠点として、新たな防衛線を築けるのではないか、と誘うことで、ドイツ軍の更なる誘致、撃滅を図ろうとする作戦でもあった。
だが、これは見る人が見れば、巧緻過ぎる作戦に他ならなかった。
まず、両翼包囲よりも、右翼からのみの包囲を試みようとする方が、進撃距離が長くなるのは、どうにも避けられないことである。
そして、進撃距離が長い、ということは、それだけ包囲作戦に必要な時間が掛かるということであり、それこそ包囲の危険を感じて、撤退するドイツ軍の部隊も、逆説的に増えることになったのだ。
そして、フランス本国のノルマンディー、ブルターニュ半島で、英仏日等の連合軍と対峙していた、といえるドイツ軍の次なる防衛線だが、見る人が見れば、自明としか言いようが無いのだが。
ベネルクス三国から、旧来の独仏国境を結ぶラインが、基本的な防衛線に成らざるを得なかった。
既述だが、ドイツ占領軍に対するレジスタンス活動がフランス本国全土で活発になっており、又、フランス本国における航空優勢、制空権を、ドイツ空軍はほぼ失っている、という現実がある。
そうしたことからすれば、フランス本国の中南部を、ドイツ軍が固守しようとしても。
その地に展開するドイツ軍の補給を維持することは困難であり、糧食は何とかなっても、何れは弾薬や燃料が欠乏することになり、まともな抗戦も出来ずに、その地のドイツ軍は失われるのではないか、とドイツ軍の最上層部は、最終的には判断するだろう。
その結果として、フランス本国全土の大半というか、フランス本国の中南部は戦禍を余り被らずに、英仏日等の連合軍によって奪還されるのではないか。
かなり願望が入っている、と言われても仕方が無いが。
そうした判断、考えも相まって、ブルターニュ半島南部から進撃した英仏日等の連合軍主力は、北に迂回して、最終的にはドイツ軍を包囲下に置いて殲滅しようと図ったのだ。
ご感想等をお待ちしています。




