第24章―21
そんな会話が、この場に居る日本艦隊の旗艦、長門の艦上で交わされている頃。
ドイツの砲台兼要塞の司令部では、ある意味では、穏やかな会話が交わされていた。
「長門を沈めることは叶いませんでしたな」
「あれ程の戦艦が、この世にあるとは」
「英海軍の象徴と言えるフッドを沈めて、日本海軍の象徴と言える長門を大破させられたのだ。戦艦に通用する砲が、15インチ砲4門しかない我々にしてみれば、充分すぎる戦果と考えようではないか」
「確かにそうだが、長門に対して15インチ砲弾10発を始めとして多数の砲弾を命中させた筈なのに、主砲を放ち続けられてはな。流石、世界最強の戦艦だ、と日本が誇るだけのことはあるな」
そんな会話を、部下達が交わすのを、リンデマン大佐は無言で聞きながら、自分達の損害を考えた。
我々の爪と牙は、全て折られたか。
実際、リンデマン大佐の考えは正しかった。
この砲台兼要塞に備えられた大砲、15インチ砲4門、6インチ砲6門、4インチ砲8門は、全て日本艦隊の戦艦6隻を主力とする艦砲射撃の嵐の前に、全て破壊されていた。
だが、その全ての砲は、ドイツ海軍の面々にしてみれば、文字通りに最期まで意地を貫いた。
それこそ少しでも多くの弾を当てた上で、更にその上でヴァルハラに赴こう、と全ての砲員は、懸命に射撃観測等を行い、本来ならば射撃弾が命中したのを観測した上で、次弾を射撃するところを。
公算射撃で充分だ、流石に日英併せて10隻以上の戦艦を相手に自分達が生き残れる筈がない、それならば一弾でも多く射撃して、日英の軍艦に損害を与えた上で、自分達はヴァルハラに赴こう。
そうした考えから行われた猛射撃は、長門に対して、多数の命中弾を与えていた。
それこそ絶え間のない被弾があったことから、精確な命中弾数は永遠の謎となったが。
通説に従えば、恐らく15インチ砲弾10発を初めとして、6インチ砲弾や4インチ砲弾全てを合わせれば、500発近い命中弾を、長門は浴びせられたとされている。
それだけ被弾した以上、長門は前部艦橋が屈折し、測距儀は文字通りに吹っ飛んで、自らの艦による統制射撃は不可能な状況に陥っていた。
更に、多くの副砲、高角砲が破壊されており、他にも装甲板が屈曲し、又、ガラスが殆ど割れる等の大損害を、長門は被っていた。
後に、ある英海軍出身の歴史家に至っては、ル・アーブル沖から生還し、英国政府、海軍が準備した海軍工廠に入港した際の長門について、次のように描写した程だ。
「戦艦長門が、自分の視界内に入ったとき、廃艦寸前の軍艦のように、私には想われた。
自分の視野に入った戦艦長門の全てのガラス窓は割れていて、風雨を防ぐ役には全く立たない有様を呈していたのだ。
又、長門の艦体の装甲板は、私は100で数えるのを止めたのだが、明らかにその2倍以上の数で、大なり小なりの歪曲を起こしている有様だった。
他にも前部艦橋が屈曲する等、自沈処分すべきでは、と想わず私は考えた。
だが、長門は戦艦だった。
海軍工廠に入港する前、礼砲として、自らの主砲、16インチ砲8門の砲声を轟かせて見せたのだ。
しかも、主砲塔4つを自在に動かし、それぞれ別の方角に向けて放つ、という芸当を示した。
その砲声が自分の耳に入った瞬間、自分は想わず敬礼して、涙を溢れさせていまった。
更に言えば、自分の視界内にいる殆どの海軍軍人、及び関係者が同様の態度を示していた。
これだけの損害を被りながら、尚、全ての主砲射撃が可能とは。
勿論、これだけの損害を被っている以上、主砲弾が当たる可能性は低いだろう。
だが、それでもこれだけのことが可能な戦艦とは。
私は生涯で、最高の感動を覚えた」
話中で、長門は500発近い命中弾を受けて云々とありますが。
この辺りは、戦艦ビスマルクが約400発の命中弾を受けながらも致命的な打撃は皆無で、最後は自沈した、という伝説のオマージュなので、どうか緩く見て下さい。
(実際、戦艦ビスマルクの最期については、私が調べる限り、史実と伝説が入り混じっている気が。
本当に戦艦の主砲弾を含めて、約400発も命中弾を浴びていては、幾ら小口径でも戦艦にとっては致命傷の気が、私はします)
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