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第3章―5

 さて、米内洋六少佐の癇に障った点は何か、というと。


 近衛文麿首相は、余りにもエリート過ぎると言う事だった。

 それこそ名門中の名門と言える五摂家筆頭の近衛家の当主に、12歳にしてなったのだ。

 学問にしても、東京帝大に京都帝大と文句のつけようがない。

 更に高身長で外見も極めて良く、それこそ男女を問わずに好印象を持たれそうな人である。

 自分が見る限り、その主張もタカ派的なところがあって、いわゆる世間受けの良い主張が多い。

 そして、貴族院議員になって、更に貴族院議長から首相へと出世を果たしている。


 自分から見る限り、余りにもエリート過ぎて、それこそ怖いものなしで近衛首相が育った気がしてならない。

 深刻な挫折を味わった経験等、自分が見る限り、近衛首相は皆無なのではないか。

 更に、いわゆる上の身内、父母や兄姉といった面々に掣肘されたことも、幼少期ならともかく、小学校を卒業した前後以降は、成育歴からして皆無だろう。

 こういった人間は、自分の思い通りにならない事態が起きれば、そういった事態から逃げて全てを投げ出してしまう気が、自分はしてならない。


 又、中途半端に自分の我を押し通すのではないか。

 イケイケドンドンの威勢のいい主張に迎合して、それに味方して、自分も主張して、その結果が想わぬことになってしまった場合。

 最初に主張した者に全責任を押し付けて、自分はその尻馬に乗っただけで無責だ、と言う気がする。


 そんな冷たい考えが、これまでの人生経験から米内少佐には浮かんでならなかった。

 更に言えば、そういった近衛首相の性格等を、中国国民党政府が見透かした上で行動していたならば、トンデモナイ事態が起きそうな気がする。

 そこまでの突き詰めた想い、懸念さえも米内少佐には浮かんでいた。


 実際に米内少佐が見る限り、米内少佐自身の懸念は当たっているとしか言いようが無かったのだ。


 1937年7月7日に盧溝橋事件が勃発。

 だが、この時点では現地軍の小競り合い、行き違いで、現地軍レベルの停戦の話し合いで蹴りがつく、と日本側の殆どが見ていたのだ。


 だが、この状況に対応しようと、中国国民党軍が北京(北平)に向かいつつある、という現地からの情報が、7月10日頃に日本政府に届いたことが、厄介な事態を招いた。

 この情報は、いわゆる未確認情報であり、中国国民党政府が公表した情報では無かったが。


 陸軍省を中心とする日本政府内の強硬派の面々は、この情報を受けて、日本本国(内地)から中国北部に3個師団を派兵すべき、と主張するようになったのだ。

 これに対応して、7月11日に近衛首相は、3個師団の日本本国から中国北部への派兵を決断した。


 だが、こういった派兵情報が世界に流れたことから、これに対応する必要があるとして、中国国民党政府は、中国国民党軍に対して主力を北京(北平)に向かうように指示を出して、それを公表したのだ。

(この辺り、米内少佐にはどちらが先か分かりかねるが、近衛首相が確認した上で派兵すべきだった、と考えざるを得なかった)


 又、こういった北京(北平)の状況緊迫化に伴って、上海周辺の状況も緊迫化しつつあった。

 盧溝橋事件勃発以前の1936年末頃から、中国国民党軍は、(第一次)上海事変後に締結された停戦協定において非武装地帯とされている地域において、

「日本軍の再度の侵略に備えるための自衛措置に過ぎない」

と主張し、公然と上海攻撃の為の陣地を建築しつつあった。

 更に、そこに配備される中国国民党政府軍の兵力も増強されつつある。


 日本軍と中国国民党政府軍による上海を巡る戦闘は間もなく起きるのは間違いない、そう米内少佐は覚悟を固めて、準備を進めざるを得なかった。 

 第3章の終わりで、次話から第4章になり、史実で言えば、第二次上海事変等の描写になりますが。

 これまでの経緯から、史実とは大きく違う流れになります。


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― 新着の感想 ―
 ── 主張した者に全責任を押し付けて、自分はその尻馬に乗っただけで無責だ──(´ཀ` )悲しいかな後白河院以来連綿と続く日本の指導者のテンプレ姿勢ですから米内少佐が『この人もか』と疑うのも“然もあり…
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