第24章―7
場面が大きく変わり、山本五十六と伊藤整一の会話がメインの話になります。
そして、1941年5月初めを期して行われる予定の英仏日等の連合軍による反攻作戦のために、日本海軍本体も、それなり以上の協力をすることに、結果的になっていた。
「フランス全土を解放したら、モナコのカジノへの出入りを認めて貰えるかな」
山本五十六海軍総隊司令長官は、伊藤整一海軍総隊参謀長相手に、軽口を叩いていた。
尚、二人がいるのは、戦艦「長門」の艦橋上であり、長門はスカパ・フローに投錨している。
「モナコのカジノへの出入りは認めて貰えるでしょうが。それは大戦終結後に、実際はして下さい」
伊藤参謀長は、生真面目に答えながら、内心で考えた。
本当に飛んだ大博打だ、第一戦隊所属の戦艦「長門」、「陸奥」の事実上の初陣が、陸上に対する艦砲射撃任務とは。
山本司令長官の我が儘にも程がある。
話が前後するが、伏見宮元帥が先日、高齢から来る老衰による体調不良から、軍令部総長を辞任する事態が起きた。
更に言えば、それを好機として、連合艦隊の解散、海軍総隊への再編が、日本海軍内で行われる事態が起きたのだ。
そうしたことから、山本連合艦隊司令長官が、海軍総隊司令長官に横滑りする事態が起きていた。
(尚、伏見宮軍令部総長の後任については、散々に揉めた末、塩沢幸一大将が就任することになった。
これについて、旧艦隊派は、堀悌吉海相が以前に予備役編入された際に、塩沢中将(当時)が反対したことに伴う情実人事だ、と批判したが。
そういった側面が皆無とは言わないが、堀海相と同期であり、国際派、知英派として、塩沢大将が謳われていたことからすれば、英仏側として第二次世界大戦に日本が参戦している現在、全く以て妥当な人事だ、と旧条約派のみならず、中立派の面々も評価する人事だったのは、否定できないことだった。
ともかく、そういった背景から、現在の海軍三顕職である海相、軍令部総長、海軍総隊司令長官は、海兵第32期の同期生が占める事態が引き起こされていた)
そして、連合艦隊が、海軍総隊に再編される前から、一部の海軍本体士官から、半ば陰口として言われてはいたのだが。
如何にも博打うちらしく、山本海軍総隊(連合艦隊)司令長官は、
「金剛型戦艦4隻の艦砲射撃が、地上部隊支援で偉効を挙げたとか。
戦艦による艦砲射撃で地上部隊支援を行なうのは、(第一次世界大戦時の)ガリポリ上陸作戦等で愚策という説が強かったが。
金剛型戦艦4隻が偉効を挙げられるならば、長門型戦艦等を地上部隊支援に投入すれば、もっと効果があるのではないか。
そして、長門型戦艦等を欧州に派遣すれば、日本が米国を敵視していない、というのを世界の世論に訴えて、米国政府、軍が日本に戦争を吹っ掛けるようなことが避けられることにもなるだろう。
この際、長門型戦艦等を欧州に派遣すべきだ」
と訴える事態が起きたのだ。
この山本司令長官の主張に対して、堀海相のみならず、塩沢軍令部総長も難色を示したが。
その裏で、山本司令長官が、
「フランス本土をドイツの侵略から解放すれば、その功績でモナコのカジノへの出入りが、又、自分に認められることになるから。同期の誼で、長門を欧州に派遣するのを認めてくれ」
と密やかに訴えたことで。
堀海相も塩沢軍令部総長も、
「本当に山本は、どうしようもない奴だ」
と呆れるように言って、山本司令長官の主張を認めたという噂が、伊藤参謀長を始めとする面々にまで伝わる事態が起きていた。
(尚、この噂が真実か否かについては、第二次世界大戦終結後に大論争になった。
山本司令長官も、堀海相も、塩沢軍令部長も、
「酷い噂のねつ造だ」
と否定したのだが。
山本司令長官の素行から真実だ、と言う説が根強く囁かれたのだ)
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