第23章―6
ともかく、見敵必戦というのが、この頃の日本陸海軍航空隊の合言葉に成っていた。
ドイツ空軍の軍用機を破壊し、更には搭乗員を一人でも多く殺戮せよ。
それによって、ドイツ空軍の戦力を削っていくのだ。
それが、この当時の日本陸海軍航空隊の部隊内における合言葉と言えた。
そして、百式戦闘機、零式艦上戦闘機の存在もアリ、日本陸海軍航空隊は、昼間の戦略爆撃を好んで行う事態が引き起こされた。
それに対して、英空軍は夜間の戦略爆撃を好んで行う事態が起きていた。
これは、ある意味では当然極まりないことで、英空軍の戦闘機、スピットファイアやハリケーンの航続距離は、とても日本の百式戦闘機には及ばなかったからだ。
だから、英空軍の重爆撃機が、昼間に戦略爆撃を行なおうとするのは、戦闘機の護衛ナシでの戦略爆撃の断行という事態を引き起こさざるを得なかった。
勿論、英国が百式戦闘機のライセンス生産を行なえば済む、という見方が出来なくもないことではあったが、英空軍のプライドが、外国製戦闘機のライセンス生産を、英国が行なうことを拒絶していたのだ。
ともかく、そうしたことから、相対的に安全性が高い夜間の戦略爆撃を、英空軍は行う事態が起きたのだ。
これに対して、ドイツ空軍はBfー110戦闘機を夜間戦闘機に転用等して対応しているのだが、そうは言っても、という事態が引き起こされているらしい。
実際問題として、昼間は日本陸海軍航空隊が主力となって、夜間は英空軍が主力となって、昼夜を問わない戦略爆撃が行われている、というのはドイツ政府最上層部から末端の国民に至るまで、精神的重圧を感じざるを得ない事態だった。
それこそ安眠できる時間が無いのだ。
せめて、昼か夜か、どちらかだけでも英日等の戦略爆撃が行われないのならば、ドイツ国民も多少は安眠できる時間が確保できるのだろうが。
昼夜を問わない戦略爆撃を警戒しないといけないのは、心身共に多大な負担を引き起こすことだった。
そして、英日等の戦略爆撃が、石炭液化、人造石油プラントを狙い撃ちにしているのも、ドイツ軍の苦悩を深めることになっていた。
1941年春のこの当時、ソ連は外貨と引き換えナシでのドイツへの原油輸出を、完全に拒むようになっていた。
そして、代わりに物々交換で何とかしようにも、ドイツからソ連に輸出できる魅力的なモノは乏しい状況に、ドイツは陥っていた。
更にユーゴスラヴィア王国が1941年4月以降は内戦状態に陥って、ドイツ軍が主力となって介入することで、それなりに表面上は一旦は落ち着いたものの、それこそ様々な武装抵抗活動は収まらず、特にルーマニアからドイツへ通じる鉄路が集中攻撃されるようになり、ルーマニアの原油はドイツに中々届かない事態が起きるようになっていた。
(尚、これは英伊やパルチザン等の様々な裏の思惑が絡んだ末に起きた出来事と言えた)
ともかく、こうしたことから、ドイツ政府、軍としては、石炭液化、人造石油プラントは、何としても守らねばならない存在と化しつつあった。
それこそ、1941年春段階で、ドイツ本国内の石炭液化、人造石油プラントはドイツ本国内の原油需要のほぼ半数を賄っていたのだ。
これが、完全に止まってしまっては。
それこそ戦車も軍用機等も鉄屑と化すことになってしまいかねない。
更に言えば、戦車兵も軍用機の搭乗員にしても、
「実戦こそ最上の訓練の場だ」
という美名の下、燃料不足からろくな訓練が行われることなく、実戦投入されつつある。
例えば、戦闘機の搭乗員ならば、単独で真っ直ぐ飛べれば大丈夫、ということで実戦投入が行われる事態が起きつつある。
ドイツの燃料不足は深刻化しつつあった。
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