第23章―5
そんな考えを加藤建夫少佐は、この時にしていたのだが。
その一方、日本陸海軍航空隊は、主にルール工業地帯を目標とする戦略爆撃を繰り返す事態が、この頃には引き起こされていた。
尚、日本陸海軍航空隊の戦略爆撃目標として、ルール工業地帯が選ばれるのはおかしくないどころか、当然のこととしか、言いようが無いのが現実だった。
何しろ、ルール工業地帯は、ドイツにしてみれば最大の工業地帯であり、そこが破壊されてしまうことは、この世界大戦の継戦能力について、致命的な打撃を受けることと言えることだったのだ。
だからこそ、ドイツ政府、軍上層部、特にドイツ空軍最上層部にしてみれば、ルール工業地帯への戦略爆撃を阻止しようとするのは、当然のこととしか、言いようがないことだったのだ。
だが、このことは裏返せば、英日等の連合軍側にしてみれば、ルール工業地帯に対する爆撃を繰り返すことは、ドイツ空軍の戦闘機部隊を、ルール工業地帯への防空任務に投入せざるを得ない事態を引き起こすことでもあった。
更に言えば、史実と異なり、この世界ではノルウェー侵攻作戦から、ベネルクス三国、フランス侵攻作戦、更にはバトルオブブリテン、と史実以上の大量の損害を、ドイツ空軍は被ってもいたのだ。
その為に、ゲーリング元帥を筆頭とするドイツ空軍最上層部は苦悩しながら、1941年春の時点で、戦闘機を中心とする最前線部隊の配置に四苦八苦することになった。
それこそ、ゲッペルス宣伝相の主張、それこそ嘘でも100回言えば真実になるという主張によって、ベルリンへの日本海軍戦闘機部隊の大空襲は大失敗に終わったことになっているが、実際に惨敗したのは、ドイツ空軍側だったのだ。
それこそベルリン市街に撃破、撃墜された機体の数を精査する限り、日本海軍航空隊の損失は一桁で済んだ一方、ドイツ空軍は100機近い損害を被った。
つまり、約10倍の損害を、ドイツ空軍は被ったのだ。
更にドイツ空軍機の残骸の数と、日本海軍航空隊機の残骸の数を比較すれば、ベルリン市民の殆どが、真の空中戦の勝者がどちらなのかは、自明のこととしか言いようが無いのが、現実だった。
(序でに付け加えれば、落下傘降下を試みたドイツ空軍の操縦士は、日本海軍航空隊の攻撃により、ほぼ全員が戦死するという大損害だった。
このことは、日本人に対する敵愾心を煽ることではあったが、ドイツ空軍の更なる戦力低下を引き起こしているのも、否定できないことだったのだ。
だが、これを日本海軍航空隊の残虐さを示すことだ、と単に非難できないのも現実だった。
それこそ、バトルオブブリテンの大損害から、報復の連鎖としか、言いようが無い事態が起きており、ドイツ空軍の戦闘機乗り等は、落下傘降下を試みた英仏日等の搭乗員を、落下傘降下中に容赦なく銃撃しているのが、現実だったのだ。
こうしたことからすれば、日本海軍航空隊のドイツ空軍搭乗員への攻撃を、単に非難することが出来ないのは、当然のこととしか言いようが無かった)
そして、ルール工業地帯が、日本陸海軍航空隊にしてみれば、主な攻撃目標と言えたが。
そうした中でも、最重要視されたのが、人造石油、石炭液化プラントに対する攻撃だった。
何しろドイツ本国内では、殆ど原油が産出しない現実がある。
そして、原油の輸入が、ドイツ本国は徐々に困難になりつつあった。
ソ連は外貨無くして、ドイツへの原油輸出を拒むようになっていた。
ルーマニアにしても、渋々、ドイツへ原油を輸出しているのが現実だった。
それを補っていたのが、ドイツ本国内の人造石油、石炭液化プラントであり、英日等は最優先の攻撃目標に指定する事態が起きていたのだ。
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