第23章―4
このことに陸軍航空隊の一部の面々は、海軍航空隊に対して不快感を覚えたらしいが、そもそも論を言うならば、米国政府、軍の事情が背後にあるのが分かる話でもある。
そうしたことから、むしろ苦情や申し立てをするならば、米国政府、軍ではないか、という声が、陸軍航空隊内では大勢を占めることとなり、陸海軍の反目は収まることになった。
その一方、加藤建夫少佐としては、自らの今の任務が重要な任務と分かっていることではあったが、陸軍航空隊が海軍重爆撃機の護衛を行なっている一方で、先日、日本海軍航空隊のみで行われた、ベルリン上空への単座戦闘機部隊の殴り込み作戦には羨望の想いがしてならなかった。
様々な状況からすれば、自分達が参加できなかったのは当然のことだ、と分かってはいるのだが。
そうは言っても、戦闘機乗りならば、一度はやってみたいことではないだろうか。
加藤少佐は、自分の耳に届く限りの情報を思い起こしていた。
源田実中佐を現場指揮官として、日本海軍航空隊に所属する零式艦上戦闘機約200機が、ベルゲン近郊に設けられた飛行場複数に集結した上で、ベルリンへの殴り込み作戦は断行された。
この作戦の表向きの理由は、ベルリンへの殴り込み作戦を行なうことで、ドイツ空軍に対してベルリン周辺に、戦闘機部隊を大量に配備させることを余儀なくさせ、間接的にそれ以外の地域に対する戦略爆撃を容易にすることだった。
だが、本音の理由は、ベルリン上空を大量の日本軍戦闘機が我が物顔で飛行することで、ドイツの国民に対して、戦況が絶望的に悪化しつつあると言う状況を認識させることにあった。
そして、源田中佐率いる日本海軍航空隊は、大戦果を挙げることに成功した。
まさかベルリン上空に、それだけの大量の単座戦闘機を、日本軍が送り込める筈がない、とドイツ軍は考えていたようで、スウェーデン政府との密約によって、スウェーデン上空を経由して、日本海軍航空隊が奇襲攻撃をベルリンに対して行った際、ドイツ空軍の迎撃戦闘機は、五月雨式に迎撃を行なう始末で、更に言えば、多くとも20機程の小集団複数が、バラバラに迎撃を行なったとか。
それに対して、日本海軍航空隊側は、約200機が集結して殴り込み作戦を断行している。
最終的には、ドイツ空軍側も約100機以上が、この迎撃作戦に投入されたらしいが、それこそ各個撃破の好餌になってしまった。
日本側の戦果報告に因れば、ドイツ戦闘機100機余りを撃墜、一方、こちらの損害は10機に満たなかったらしい。
それに対して、ドイツ側は、日本側の戦闘機全機を撃墜する大戦果を最終的には挙げており、一方、ドイツ側の戦闘機の被害は10機余りで、ベルリン上空の防衛体制は鉄壁であり、日本軍戦闘機は、ハリボテ極まりない存在だ、とゲッペルス宣伝相以下の面々は、様々な報道機関を介して主張しているらしい。
そうは言っても、自分自身、源田中佐の記者会見をラジオで聞いている。
(最も、流石にベルリン上空で編隊を組んで宙返り飛行を行なえる程、ドイツ空軍が弱体化している、と源田中佐が言ったのには、ホラ吹きにも程がある、と自分は考えざるを得なかったが)
そうしたことからすれば、日本側の戦果報告の方が正確としか、自分には考えられない。
(尚、日本海軍航空隊の奇襲攻撃につき、ドイツ政府からスウェーデン政府に対して、正式な抗議が行われたのだが。
スウェーデン政府から、それならばドイツ戦闘機を大量に無償供与して欲しい、と言われてドイツ政府は黙らざるを得なかったとか。
何かというと、これまで平然と中立侵犯を行なってきたドイツ政府に対するスウェーデン政府なりのお返しだった)
最後の辺りが、今一つ分かり難くなっている気がするので、補足説明すると。
それこそノルウェー、ベネルクス三国等、ドイツ政府にとって都合が悪ければ、保障占領の必要があるとして、平然と中立侵犯をドイツ政府は繰り返してきました。
そのことに、スウェーデン政府は不快の念を高めており、これまでの経緯もあって、こちらも日本政府に騙されたのだ、と主張して、其処まで言うのなら、スウェーデン政府に武器等を供与するのか、と反問した次第です。
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