第22章―8
このようなユーゴスラヴィア王国内の状況の激変だが、英仏日等を中核とする連合国側にしてみれば、ヒトラー総統率いるドイツ政府の状況を、当面は更に不利にすることと言えたが、この後の事態については苦慮することとしか、言いようが無い出来事だった。
実際問題として、ユーゴスラヴィア王国内で、クロアチア、マケドニアの分離独立を求める武装蜂起運動が勃発し、ドイツ政府が、クロアチア、マケドニアに加担して安定させた、具体的には分割した上で、軍事占領下に置いた、と言える結果が最終的には招来された、と1941年4月末には言えるのだが。
この後のことについて、どうするのが最善なのか、英仏日等の連合国政府最上層部の誰一人として、明確な意見が言えないのが、(この世界の)1941年4月末での現実というものだった。
実際、ユーゴスラヴィア王国内の状況急変を受けて、1941年4月末に急きょ英本国に赴いた末に、日英の外相会談を行った日本の吉田茂外相とイーデン英外相の会談状況を、超要約して描くならばだが。
「今後、ユーゴスラヴィア王国については、どうするのが最善なのでしょうな」
(何時ものことと言えるが)吉田外相は葉巻を吹かしながら、イーデン英外相に問い掛けた。
イーデン英外相にしても、本音では葉巻を吹かしつつ話す吉田外相に対し、葉巻を吹かしながら話すのは非礼ではないかね、と咎めたいのだが。
それこそ自らの上司のチャーチル英首相が葉巻愛好家で、閣議の場でも葉巻を吹かすのを、自分が看過しているということがあっては、どうにも咎めづらい。
(更に言えば、吉田外相にしても、駐英大使時代にそのことを把握していたこともあって、外相会談の場で葉巻を吹かすのを止めないようだ)
そんなことから、内心ではムッとするモノを覚えながら、イーデン英外相は吉田外相に反問した。
「どのようにするのが、最善と考えられますか」
「極東の小国である日本の外相としては、英国政府の意向に基本的に従うのみです」
吉田外相は即答した。
正直と言えば正直だが、基本的に、というのがミソだな。
裏返せば、場合によっては、日本の利益を追及する、と暗に言っている。
更に言えば、英国政府に対応を丸投げして、日本政府は無責と言っているとも言える。
吉田外相の返答を、イーデン英外相は、そのように評価した。
熟達の外交官の返答と言えるだろうな。
だが、自分が感心しているだけでは済まない。
何しろ(第二次)世界大戦の帰趨に、それなりどころではなく影響が出る事態だ。
「英国政府としては、取りあえずと言っては言葉が悪いですが、人道的観点もあって、ユーゴスラヴィア王国の王室の方々を庇護します。更にユーゴスラヴィア王国政府が、英国内に亡命政権を樹立したい、というのならば、それを支持しようと考えています」
「確かに、それが妥当でしょうな」
イーデン英外相の言葉に、吉田外相は肯きながら言った。
「ですが、この後のことが本当に問題です。ユーゴスラヴィア王国は分割されて、ドイツ等の占領統治下に多くの領土が置かれるでしょう。更に、それに対する武装抵抗運動も起きるでしょう。この問題に対して、どのように我々は対処すべきでしょうか」
イーデン英外相は、吉田外相に問い掛けた。
「ユーゴスラヴィア王国政府のセルビア人優遇政策は、本当に目に余るモノがありました。そうしたことからすれば、ユーゴスラヴィア王国政府支持者を単に支援して、更に政府が復帰して終わり、という訳には行かない可能性がありますな。本当に難儀なことです」
吉田外相は、それなりに本音をさらけ出して言った。
「本当に難儀ですな」
「全くです」
二人はそれで会談を終えた。
今一つ分かりにくい話になっているので、ここで補足説明を。
本来ならば、英日にしても、不当な侵略を受けたと言えるユーゴスラヴィア王国、更にはユーゴスラヴィア王国支持者のチュトニクを支援するのが筋と言えるのですが。
そもそもユーゴスラヴィア王国がセルビア人優遇政策を採っていましたし、チュトニクは更にそれを推進するのが、英日にはあからさまに見えているので、民族対立を更に煽りかねないチュトニクを支持するのを、英日は躊躇わざるを得ないのです。
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