第21章–5
視点が大きく変わり、カナリス提督視点の話になります。
そんな想いを米内洋六やその家族、更には近しい面々がしていた1941年4月初めに、カナリス提督はアプヴェーア長官として、頭を抱え込む想いが増える一方だった。
「何故に米政府、軍は、Bー17を日本の中島飛行機がライセンス生産するのを認めたのだ」
カナリス提督にしてみれば、本当にアリエナイ事態だった。
実際のところ、中島飛行機がBー17をライセンス生産するとして、まともに量産化等ができるとは、自分には考えられないのが現実だ。
何しろ、史実ではドイツのDB-601エンジンのライセンス生産を愛知と川崎に認めたが、両社共に問題無く量産化するのには失敗しているのが史実だ。
確かに、この世界では、日本が英仏側で参戦しており、そうしたことから米国から工作機械の導入が順調に進んではいるが。
史実でも、日本はBー17のデッドコピー生産に完全に失敗した現実がある。
それこそ、ソ連でさえBー29のデッドコピー生産に成功して、Tu-4を量産化していることを考えれば、自分としては、この当時の日本の航空機生産技術の平均については、独米英ソ、いや伊以下だったと考えざるを得ない。
何しろ、伊の航空機生産技術は低かった、と言われがちだが。
史実ではDB-601どころか、DBー605エンジンの量産化に、伊は成功しているのだ。
それに対して、DB-601エンジンでさえ量産化に失敗したとしか言えない日本。
勿論、いわゆる零戦、零式艦上戦闘機の量産化を成功させている等、日本の航空機生産技術の一部が端倪化すべからざるのは事実だが。
DB-601エンジンの量産化の失敗等の日本の史実から、自分が考える限りだが、日本の航空機生産技術が、史実より長足の進歩を果たせるとは考え難く、この世界の日本がBー17のライセンス生産に成功するとは考え難いことで、戦略爆撃の効果が高まるとは考え難い。
そうしたことから考える限り、米国が本格参戦していない以上、独本土への戦略爆撃は、英空軍が主力を担わざるを得ない。
更にソ連が未だに中立を維持している以上、そう易々とドイツが敗れる要素は乏しい、と考えるが、このままではジリ貧になって、ドイツが最終的に敗北する運命は避けられそうにない。
何とか打開する必要がある。
この当時のカナリス提督は、そのような思考を進めていた。
更に言えば、自らの未来知識に何時か依存して、事態の打開を図ろうともしていた。
何しろ自らの未来知識こそが、自分の最大のアドヴァンテージ(の筈)なのだ。
だから、それに依存するのが当然とも言えたが。
そのことが、結果的にカナリス提督からすればだが、自らの失策を招来する事態が起きた。
カナリス提督は、自らの未来知識に基づいて、中東欧諸国の動向を懸命に推察していた。
勿論、史実通りにドイツが勝勢にあるとはいえない以上、史実通りに中東欧諸国政府が、ドイツ政府の思い通りになるとまで、甘い考えをカナリス提督が持っていた訳では無い。
だが、ドイツが勝勢で無い以上、史実より不利な情勢下で、ドイツに味方する勢力が無い、という先入観から、カナリス提督が物事を見ていたのも、この世界の現実だった。
こうしたことが、次章で主に述べられる事態を引き起こすことになった。
尚、カナリス提督にしても、全く無警戒だったとは言い難い。
だが、カナリス提督にしてみれば、ムッソリーニ統領率いる伊こそが、史実からしてやらかしかねない、として、その諜報能力を伊に主に集中させていたのだ。
その為に、次章で描く事態が起きた時に、カナリス提督は呆然自失状態に陥ることになった。
まさか、ムッソリーニ統領よりも、空気が読めない存在がいるとは考えてもいなかったのだ。
これで、第21章を終えて、次話からユーゴスラヴィア王国を舞台にした第22章になります。
それこそ米内洋六らが暫く出てこない話が続くことになりますが、時系列的に止むを得ない流れということで、平に緩く見て下さい。
(というか、ここで描いておかないと、時系列からして矛盾が生じかねません。
この世界で英仏日等の西部戦線の大反攻が、始まるのは、1941年5月になってからなのです)
ご感想等をお待ちしています。




