第21章–4
そんな勘繰った考えを、メンデス家の姉弟がする一方、その頃の米内洋六と久子夫妻は、お互いに連絡を取った上で休暇を同時にとって、ブレスト市で顔を合わせつつ、この結婚について、別の考えをしながら、今後のことを話し合っていた。
「結局、藤子の卒業式と入学式、仁の入学式にも、両親揃って欠席となったな。早く子どもらの下に、両親揃って帰ってやりたいものだ。そして、アンナ・メンデスと小林亨二が結婚するとはな」
「ええ」
洋六の言葉に、久子は相槌を打ちながら考えた。
カテリーナ・メンデスと、完全に薄いつながりになるが、親戚と言える繋がりが出来るとは。
カテリーナの妹のアンナの夫になる小林亨二だが、自分が全く知らぬ人では無い。
小林亨二は、自分の養女の藤子の従兄で、横須賀市内に住んでおり、横須賀海軍工廠の関連企業、一次下請け会社で事務職で働いている筈だ。
小林亨二は、それこそ神奈川県立横須賀中学校を優等で卒業しており、視力に問題無ければ、海軍兵学校に入れた程の秀才で、数百人以上が働く大企業の末席に連なる会社の将来の幹部候補として、20代半ばで係長から課長補佐に成れそうだとか。
だが、そのことが却って周囲の嫉視を引き起こしているらしい。
本来ならば、小林亨二は軍人として出征すべきではないか、視力が悪いから軍人に成れないとは、非国民だ、と裏では悪口を叩く人が多々いるらしい。
何しろ横須賀は軍港都市だ、軍人に成れない、というのは本当に肩身が狭い話になる。
更に言えば、小林家は芸妓の置屋を経営している。
戦時中とはいえ、海軍士官が芸妓遊びを、それなりにするので、小林家は特に困っていないが。
却って一般の人から、戦時中に芸妓を抱えるとは、不謹慎極まりないことではないか、と隠微に小林家の面々は叩かれているとか。
そうしたことから、小林亨二の妻を、将来は軍人にすることで、周囲の嫉視や、隠微に叩かれるのを避けようとして、小林亨二や小林家の面々は、アンナ・メンデスとの結婚を決めたのだろう。
そんなことを久子は、この話を手紙で知らされた際に、自分としては考えざるを得なかった。
そして、洋六もほぼ同様の考えに至っていた。
第二次世界大戦は長期化しつつあり、戦争に非協力的な非国民は叩かれて当然、という世論、空気が日本国内では広まりつつあるらしい。
そうしたことから、小林亨二の妻のアンナを軍医にすることで、自分達は非国民ではない、と周囲に小林家は訴えることにしたのだろう。
そんな考えを、夫婦で話し合う一方で、今後のこと、戦争の行方も話し合わざるを得なかった。
「本当のところ、海兵隊の拡張は、どんな状況なのですか」
「どうのこうの言っても餅は餅屋、陸軍から大量の士官や下士官が、戦時特例として出向してきてくれたことから、海兵隊は順調に拡張が進みつつある。細かいことを言えば、庇を貸して母屋を取られるのではないか、と危惧する声が、本来の海軍内で皆無では無いが、背に腹は代えられない。それよりも戦争を早く終えられる方が良い、というのが大方の意見だ」
「そう」
夫婦は、そんなやり取りをした。
「それを言ったら、重爆撃機部隊の拡張の方が、自分は心配だ。米国製の重爆撃機を導入したのだが、四苦八苦しているのだろう」
「ええ、B-18ではどうにもならない、と英仏等まで巻き込んで言ったら、B-23が提供されたのだけど、やはり低性能で困っています。英仏が仲介して、日本の中島飛行機がBー17をライセンス生産することで、日本の重爆撃機戦力を向上させることになったらしいですが、すぐの話にはなりません」
「本当に大変だな」
「ええ」
夫婦の会話は、溜息が増えるばかりだった。
B-17は、それこそ米陸軍の重爆撃機の看板と言える存在では、と考えられがちのようですが。
初飛行は1935年で、1936年に制式採用された存在です。
つまり世代的には、96式陸上攻撃機と同世代機です。
それなのに、あれ程の重爆撃機を米国は開発しているとは。
米国の技術力の高さには感嘆せざるを得ません。
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