第20章―2
第2話はカテリーナ・メンデス視点が主な話になります。
そんな風に妹のアンナと米内仁がこの年末に会ったこと等、知る由も無く、カテリーナは、弟のカルロに出会って、怒るというか、たしなめるというか、そんなやり取りを相前後して行うことになっていた。
「あれ程、母さんや妹を守って、と私が頼んでいたのに。何であなたまで、ユダヤ人部隊に志願したの」
「だって、姉さんが最前線で戦うと聞いたら、男の自分が安全な後方に居られる訳ないじゃないか」
「そんなことに男の意地、面子を掛けるな。大体、何で歩兵部隊に入ったの」
「それは、他に適性が無いと言われてしまって」
姉のカテリーナの難詰に、弟のカルロは徐々に小さくなることになった。
実際にカテリーナの目から見る限り、カルロは頭は回らないし、体形は標準的で健康そのものだが、どうにも運動神経も余り良くない弟だ。
日本人と交流のあった亡くなった父が、カルロのことを、
「〇〇は風邪をひかない、という言葉が、日本にはあるそうだが。カルロはその通りだな。自分の商売は、カテリーナが引き継ぐか、自分の代で店を畳むことになりそうだ」
と、自分にコッソリと言い置いたのを、カテリーナは、ふと思い出してしまった。
日本に亡命してからも、カルロの生活は、父の言葉通りだった。
日本語がそう上手くないことも相まって、カルロは肉体労働をするしか無かったが、職場でも、
「健康で休まないのが、唯一の取り柄だな(暗に頭も良くないし、力も余り無い、と言われている)」
と評される有様で、カフェの華と言って良かったカテリーナの方が収入が良かったのが、横須賀にメンデス家の面々が住んでいた頃の現実だったのだ。
そんなカルロだったから、ユダヤ人部隊の入隊試験には合格したものの、様々な希望、適性検査を受けた末に、
「お前は(取り柄が無いから)歩兵になれ」
という辞令が出てしまい、更に言えば、それこそ英国を始めとするユダヤ教徒の元軍人が、それなりに陸軍には元からいたことから、一兵卒として戦う羽目になってしまったのだ。
そして、中国と日本で生まれ育ったカルロは、この頃の欧州戦線の歩兵に必須の自動車等に習熟しておらず、そうした点からも、軍人としての訓練を受ける中で、悲鳴を(内心で)上げる事態が起きていた。
そういったことが相まって、カルロにしてみれば、少尉である姉のカテリーナは、階級差もあって自らの上官になる小隊長みたいなモノで、それもあって姉の前では益々縮こまる羽目になっていた。
そして、小一時間も弟を難詰した後、カテリーナは、改めて弟と向き合った。
「まあ、どうにもならないことね。二人でハヌカを気分だけ味わいましょう」
「ありがとう」
カテリーナは、カボチャのブニュエロを持参していて、二人で食べることにしたのだ。
カボチャのブニュエロは、セファルディム系、特にスペインに淵源を持つユダヤ人にしてみれば、本来の故郷でハヌカを祝う際に食べる、特別な揚げ物と言って良い食べ物だ。
ちなみにハヌカとは、ユダヤ教の祝いの行事の一つである。
そして、ユダヤ暦に従って生活するユダヤ教徒は、特にキリスト教に由来するグレゴリオ暦に従っての年末年始を祝うことは無いのだが、そうは言っても、という感じで、この時期に行われるハヌカを年末年始の代わりもあって祝うのだ。
そして、1940年のハヌカは、12月24日の日没から1月1日夜まで祝われることになっていた。
姉弟は共に想った。
こんな感じで、ハヌカを姉弟で迎えることになるとは、この世界大戦が起きるまで思わなかった。
そして、カルロはともかく、カテリーナはこの現実の前に色々と考えざるを得なかった。
米内洋六少佐やその家族は、どんな年越しを送っているのだろうか。
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