第20章―1 1940年から1941年の年末年始のそれぞれの想い
事実上の第2部のエピローグになる第20章になります。
最初は、米内藤子からの視点が主な話になります。
「仁さん」
米内藤子は、義兄の米内仁を人混みの中から、見つけるなり、そんな大声を上げた。
「そんな大声を上げなくとも。それにこれまでのように、仁兄さんで良いのに」
「だって、許嫁なのですもの。仁さんと呼ぶべきでしょう」
義兄の仁が、自分をたしなめるのに、(わざと)藤子はむくれるような口調で言い返した。
そして、仁にしても、これまで藤子と暮らしてきたことから、こう言いだした藤子が、決して折れないことを、十二分に承知している。
「分かったよ。そう呼べば良い」
「へへ、ありがとう」
仁は藤子を宥めるように言い、藤子は(わざと)恥じらった。
あざとい、と仁にさえ思われるだろうが、藤子にしてみれば、なりふり構えない事態が起きていた。
「あなたが米内仁さんですか」
「はい。そうですが」
「カテリーナ・メンデスの妹のアンナです。姉から話は聞いています」
「そうですか」
仁は、驚愕することになった。
カテリーナによく似た、自分と同年配の女性が、藤子の傍にいたのだ。
さて、この時の仁の知らない裏事情も交えて、メタい説明を入れるならば。
仁はこの年末年始を横須賀に帰って、弟妹の藤子達と過ごすことにした。
それで、小林家の場所を仁が良く知らないこともあって、横須賀駅に藤子は仁を迎えに行ったのだ。
だが、小林家から横須賀駅に向かう途中で、所用があって横須賀駅付近の店での買い物に向かっていたアンナと、藤子は会ってしまったのだ。
藤子にしてみれば、アンナを連れて、横須賀駅に向かいたくはなかったが、アンナと話をする内に、仁が乗った列車が到着する時間が迫ってしまい、結果的にアンナと共に横須賀駅に向かうしか無くなったのだ。
藤子は想った。
アンナに仁を奪われてなるものか。
だが、そんな藤子の想いを無視して、仁とアンナは会話を始めた。
「御両親が共に欧州に出征されているとのこと、御無事に帰られることをお祈りいたします。私も姉と兄が欧州に出征している身です」
「それは大変でしょう」
「私の母と二人で、此処、横須賀に住んで、姉や兄が無事に帰還するのを待ち望んでいます」
「本当に早く戦争が終わって、姉や兄が還られる日が早く来ればいいですね」
「ええ、本当に」
其処まで会話が進んだところで、藤子はお邪魔虫の行動に奔った。
「仁さん、早く小林家に向かいましょう。弟妹の早苗や正達が待っているのよ」
「そうだな」
藤子の言葉に、名残惜し気に仁が言い、アンナは改めて事情に気が付いたようで、
「そうですね。お引止めして、すみませんでした」
「いえ、お気になさらず」
アンナと仁は、そんなやり取りをして、アンナは別れて行った。
アンナを見送った後、藤子と仁は小声でやり取りをした。
「浮気は駄目よ」
「分かっている。ちゃんと(藤子と)結婚するから」
それで、機嫌を直した藤子は、改めて仁と少し長めのやり取りをした。
「おせち料理だけど、横須賀の小林家流になるのは、我慢してね。でも、少しは米内家のおせち料理を押し込めたから」
「何を作ったんだい」
「紅葉漬」
「良く作れたなあ」
「新巻きサケとイクラの醬油漬けを組み合わせた、私なりの試作品だけどね」
「塩辛すぎる気がするけど」
「それで良いのよ。少なくとも早苗や仁は喜ぶわ」
「何でだい」
「小林家の料理は、おせちも含めて基本的に薄味だから」
藤子は、そこで口をつぐみ、無言で仁と寄り添い、小林家に向かおうとしだした。
仁も黙って、藤子と共に歩み始めた。
藤子も仁も、共に想った。
米内家のおせち料理を、来年の年末年始には食べられるだろうか。
いや、それ以前に家族揃って食べられるだろうか。
そして、再来年の年末年始まで戦争が終わらなければ、仁も戦場に赴くことになる。
考証警察から、
「この頃、米内家の出身地である盛岡近辺で、紅葉漬をお節料理に使う筈がない。キチンと調べて描け」
とフクロにされそうですが、小説ということで緩く見て下さい。
(私がざっと調べる限り、岩手県でお節料理に使う特別な料理で、この頃に横須賀で作れそうな料理として、他に適当なモノが見つけられなかったのです。
料理の知識が乏しく、本当にすみません)
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