第19章―10
そんなドタバタがあった末に、米内洋六中佐は、第一海兵師団所属の海兵大隊長から、1941年1月15日を期して、新たに(書類上は)編制を完結する第四海兵師団の戦車大隊長に栄転する、という人事が、1940年12月後半に内示されることになった。
米内中佐はひねくれた考えをせざるを得なかった。
本来ならば、生粋の海軍士官である自分が、戦車大隊長を務めることになるとは。
上の命令には黙って従うしか無いが、何でこんな事態が起きているのだろう。
そんな想いが浮かぶ一方で、妻の米内久子や、想われ人のカテリーナ・メンデスのことが、米内中佐の脳裏を掠めざるを得なかった。
考えてみれば、妻や想われ人も、同じような事態に陥っている。
妻の米内久子は、自分からすれば呆れるというか、覚悟を固めてから海軍の女性補助部隊に志願してくれ、というしか無いのだが。
結果的に重爆撃機を装備した日本海軍航空隊の整備員に、今ではなっている。
今のところは、実戦投入前の訓練に勤しんでいるようだが、1941年の年明け早々には、重爆撃機を装備した日本海軍航空隊は、ドイツ本土の工業地帯、都市に対する戦略爆撃を、英空軍と協働して行う、という噂が、自分の耳に入っており、自分も、その噂は正しいだろう、と考えている。
そんなことが起きれば、ドイツ本土の民間人に多数の死傷者が出ることになるだろう。
そして、欧米諸国では、かつての(第一次)世界大戦の際に、そういった戦略爆撃をお互いに断行しており、それを躊躇う理由は皆無だ。
戦争に関係ない民間人への攻撃は許されない、と言いつつ、敵国の抗戦能力を奪う戦略爆撃の何処が悪い、と胸を張って言える欧米諸国政府、多くの国民の考えが、私には理解不能だが、この辺りの議論を、欧米諸国の面々としても、時間の無駄だろう。
それはともかく、そんなことになれば、私からすれば自業自得としか言いようが無いが、妻の久子は、表面上はともかく、内心で苦しむ気が、自分はしてならない。
娘の藤子の実母の小林千代のように、悩み苦しんだ末に、発作的にということをせねば良いのだが。
更にカテリーナ・メンデスのことも心配だ。
赤の他人として、切り捨てるべきなのだろうが、あそこまで好意を寄せられては、全く想いに応えないのもどうか、と罪悪感に駆られてしまう。
彼女なりに考えて、英国が編制するユダヤ人部隊の女性補助員として、志願した筈なのだが。
結果的に、適性試験等の結果として、表向きは英領パレスチナ所属、実際はユダヤ人部隊の女性戦闘機乗りとして、最前線で戦う事態にまで至ったとか。
更に言えば、様々な交流の結果、英本国空軍上層部の一部にまで、腕の良い戦闘機乗りとして、カテリーナは知られる事態に至っているらしい。
彼女が搭乗しているのは、米国製のP-39戦闘機らしく、ノルマンディー、ブルターニュ半島を起点として行われる予定の、英仏日等の連合軍の反攻作戦に際して、制空権確保から地上支援等、様々な活躍が期待されているとも、自分は聞いている。
本当に自分が指揮する一式中戦車部隊の地上支援を、カテリーナが行う事態が、来年の春以降に起きる気が、どうにもしてしまう。
そして、妻の久子がそれを聞いて、気を揉む光景までも、自分のまぶたに浮かんでくる。
本当にこの後、自分達はどうなっていくのだろうか。
そんな物思いにふけりつつ、洋六は自分の子ども達のことまでも考えを及ぼさざるを得なかった。
仁は、海軍兵学校で勉学等に励んでいるようだが。
藤子や早苗らは、日本でどうしているだろうか。
小林家に結果的に自分の子ども達を預けてしまったが、子ども達は問題なく元気に過ごしているのだろうか。
これで、第19章を終えて、事実上は第2部のエピローグになる第20章に次話からなります。
尚、第20章は5話で終える予定で、第1話から第4話は、米内洋六本人及びその周囲が1話毎の語り手になり、最終話はカナリス提督が語り手になって、1940年の年末が舞台の話になります。
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