第19章―3
だが、こういった複雑な裏事情の果てに、日本海兵隊が急激に拡張される事態が起きた以上は、隠微な事態が起きるのも、どうにも避けられないことだった。
1940年11月上旬、米内洋六少佐は、事情は分かるが、という想いを暗に秘めつつ、嫌味めいたことを、そのことを知らせてきた佐藤准尉に言わざるを得なかった。
「新設の海兵師団3個全ての師団長を、陸軍から派遣される少将が務めるというのは本当なのか」
「私が集めた情報に間違いなければですが、間違いないと断言します」
佐藤准尉にしても、色々と考えるところがあるのだろう。
何とも言えない表情を浮かべながら言ってはいる。
「本来から言えば、師団長は中将が務めるべきモノだろう。確かに大川内傳七少将が、第一海兵師団長を務めてはいるが」
米内少佐は、其処まで口に出したが、佐藤准尉は身振りでそれ以上の言葉をさえぎって、そっと米内少佐の耳にささやいた。
「陸軍上層部としては、海兵師団は、陸軍師団より明らかに格下だ、と暗に言いたいのですよ。更に言えば、海軍上層部も、それに暗に同意した。現在、大川内少将より格上で、海兵師団を指揮できる将官として誰が思い浮かびますか。いないでしょう。だから、大川内少将を最先任の将官として、海兵隊の現地における総指揮を、海軍上層部としては執らせたいのですよ」
佐藤准尉の言葉に間違いはない、と米内少佐としても考えざるを得なかった。
米軍を始めとする欧米諸国の軍隊では、こういった辺りが柔軟で、臨時に昇進させること等で、優秀な士官を抜擢し、本来から言えば不相応な部隊を指揮させることが、よくあるらしいが。
日本の場合、何かと言うと、海軍兵学校なり、陸軍士官学校なりの卒業が何時だったのか、が持ち出されることになり、後輩が先輩の上官となって、指揮権を握るのはトンデモナイ、という主張が完全に横行している現実がある。
(更に言えば、先輩を飛び越して、後輩が昇進するのは言語道断という空気が、内部で漂っている。
勿論、ある程度の抜擢人事が為されない訳では無いが、そうは言っても、例えば、自分達の海軍兵学校の一期上のトップが未だに大佐なのに、自分達が少将になれるのか、と言うと。
そんなことは許されない、と自分達から言い出せねばならない空気があるのが、現実なのだ)
米内少佐の内心が、どこまで分かっているのか。
佐藤准尉は、少なからず嫌味を込めた言葉まで、米内少佐に放ってきた。
「この辺りまで来ると、完全な憶測ですから、本当のところは分かりかねますが。何でしたら、少佐の身内に訊ねてみられては如何でしょうか」
「そんなことを、自分の身内に訊ねられるか」
米内少佐は即答せざるを得なかったが。
米内少佐にしても、佐藤准尉の言葉の裏が、すぐに分かってはいる。
佐藤准尉は、米内少佐に身内になる米内光政首相に、それが真実か否か訊ねてみられては、と暗に言ったのだ。
佐藤准尉にしても、真実か否かどうにも気になる事ではあるのだろう。
だが、その一方で、米内少佐にしても、どうにも米内首相に訊ねかねることである。
更に言えば、あの米内首相のことだ。
それこそ米内首相に直に面と向かって、自分が問い質しても、あの容貌から韜晦されて終わりになるのが、垣間見える現実がある。
本当に厄介だな。
米内少佐は、そう考えざるを得なかった。
海兵隊を急激に拡張すること等、それこそほんの数年前まで全く準備が為されていなかった。
その一方で、対ソ、対中国国民党、の為の戦備を急速に増強せねばならない事態が引き起こされた。
そうしたことが、こうした泥縄の事態を引き起こしている。
こういった様々な混乱が少しでも収まって欲しいものだな。
尚、実際には欧州に派遣された日本海兵隊を纏める軍司令部が設置されることになるのですが、この時点では米内少佐らの耳には届いていない話になります。
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