第19章―2
とはいえ、そんな議論を閣議でずっと続ける訳には行かない。
更に、米内光政首相との事前の打ち合わせで、それなりのことをするように指示を受けていたこともあって、内心では渋々ながら、吉田茂外相は口を挟まざるを得なかった。
「陸軍の師団を派遣できない以上、陸軍士官や下士官を、海軍に派遣して貰うことで、海兵隊を急拡張するしかない、と私は考えますが。他に具体的に可能な代案があるのですかな」
吉田外相は、敢えて揶揄するような口調で言った。
「それは、他に具体的な可能な代案があるのか、と言われれば、無いとしか言いようが無い」
畑俊六陸相が、渋々と言った。
更には、堀悌吉海相も、吉田外相の言葉に無言で肯くことで同意した。
完全に邪道と言えば邪道と言うしかない。
だが、具体的に可能な方策としては他にない、というのが米内首相や吉田外相、畑陸相、堀海相の意見であった。
更に言えば、そう言った方策を取れば、日本の国民の反対も、それなりに収まるのが現実だった。
海兵隊を拡張する、ということは海軍に志願する者を、兵として集めることになる。
つまり、海兵隊は郷土部隊ではない以上、陸軍を欧州に派遣した際に引き起こされる、
「何故に我々の郷土の面々の兵だけが死傷することになり、隣県の面々の兵は死傷しないのか」
という隠微な批判を避けられるのだ。
(尚、こういった想いを表立って公言できる訳が無いのも、隠微な批判に奔る一因だった。
「御国の為に立派な態度だ。戦死者は郷土の誉れだ」
等の報道が垂れ流されては、尚更に戦死者の遺族としては、何故に隣県の兵は死なずに済むのか、と憤懣を内心で溜め込む事態が起きて、隠微な批判が引き起こされるのだ)
だが、その一方で、海兵隊を拡張するのには、様々な障壁があるのが現実だった。
その障壁の一つが、(既述だが)海軍士官で陸戦教程を収めた者は少数に過ぎず、海兵隊を急速に拡張しようとするならば、陸戦を知らない士官ばかりが、海兵隊を指揮する事態が起きかねないことだった。
勿論、実戦こそが最高の訓練である、と言う言葉があるように、そういった陸戦を知らない士官を積極的に戦場に投入し、実戦経験を積ませて生き延びさせて、その結果として生き残った士官を選抜すれば良いのだ、と日本海軍も割り切れば済むことかもしれないが。
(実際に第二次世界大戦のソ連は、それで勝利を収めたようだが)
そんなことを日本海軍が行っては、それこそ貴重な海軍士官を大量に失うことになり、万が一の対米戦への備えが不可能になる、と言う声が、伏見宮軍令部総長を中心として絶えないのが、(この世界の)日本海軍の現実である。
だから、陸軍士官を海兵隊に派遣することで、海兵隊を急速に拡張しようと画策する事態が、(この世界の)日本では起きることになった。
更には、士官だけでは足りない、陸軍の下士官も海兵隊に派遣して欲しい、と内々にだが、海軍から陸軍に依頼する事態が引き起こされているのだ。
陸軍にしても、完全には悪くない話と言える。
何しろ、対ソ戦に備える為と言う理由では、米国からのレンドリースを受けられないが、日本海兵隊を急激に拡張する代償として、様々な兵器等を米国から提供して欲しい、と要望すれば。
英仏両国政府や、ベネルクス三国の亡命政府に至るまで、
「日本政府の要望は当然だ。日本に対して、米国は兵器等のレンドリースを行なうべきだ」
と日本政府に加担する要望を行なってくれるのだ。
そういったことが回り回った末、米国から日本に対するレンドリースが行われることになり、日本陸軍の質的強化が果たされる未来が垣間見える現実があるのだ。
畑陸相は、最終的には受け入れるしか無かった。
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