第18章―15
そういった事態が、米内久子の身に起きる一方で、カテリーナ・メンデスにしてみれば、不本意と言って良い事態が多発することになっていた。
結果論と言えば結果論だが、先入観抜きで見事な結果を挙げることに、カテリーナは成功したのだ。
その為に色々な意味で、カテリーナは引っ張りだこ、と言って良い事態が起きた。
その一例だが、
「これは」
「米陸軍が制式採用して、英空軍に輸出したP-39戦闘機だ。操縦した上での感想を聞きたい」
「分かりました」
それこそ加藤建夫少佐から直々の指名等を受けて、カテリーナは実際にP-39戦闘機を操縦して、様々な空戦機動までも自らが試す事態が起きたのだ。
何故に、このような事態が起きたのか、と言えば。
カテリーナならば、先入観を抜きにした精確な評価をするのでは、と日英双方が評価したのがあった。
何しろ様々な戦闘機が、この地に集っているのだ。
勿論、カテリーナ以外の面々も、そう言った戦闘機の評価をしているのだが、それが何処まで精確なのかというと。
カテリーナの戦闘機乗りの腕前も相まって、その評価を聞こう、と言う事態が起きたのだ。
尚、P-39戦闘機についてのカテリーナの評価だが。
「色々と試してみましたが、やはり低空域、私なりに言えば、高度3000メートル以下で、P-39戦闘機は基本的に運用すべきですね。其処ならば、かなり優秀な戦闘機です」
「そうなのか」
加藤少佐は、カテリーナの評価を聞いて、一驚することになった。
何故に加藤少佐が驚いたのか、というと。
加藤少佐(及び日本陸軍の面々)の判断からすれば、P-39戦闘機は完全に駄作と評価される存在であり、日本陸軍が採用すべきでない、とまで考えた戦闘機だった。
(実際にメタい話を絡めると。
史実とほぼ同様に、この世界でも英本国空軍は、P-39戦闘機は低性能であるとして、米政府からのレンドリース受け取りを拒否する事態を、最終的には引き起こしているのだ。
尚、ユダヤ人部隊は、カテリーナの評価や日本陸軍のこの後の経緯から、P-39戦闘機を積極的に採用する事態を引き起こすことになる)
「私としては、P-39戦闘機は37ミリ機関砲を搭載していることもあり、戦車等を始めとする対地上攻撃にも使える戦闘機と考えます」
「うむ」
加藤少佐は、カテリーナの評価に肯かざるを得なかった。
実際、P-39戦闘機の37ミリ機関砲は対地上攻撃に魅力的だ、戦闘機では無く、地上襲撃機と割り切れば、採用しても良いのではないか、という声が、加藤少佐の部下の間であるのが、(当時の)現実だった。
だが、カテリーナは、P-39戦闘機を戦闘機として採用できると言うとは。
加藤少佐にしてみれば、予想外としか、言いようが無かった。
「その一方で、こういった対地上攻撃をP-39戦闘機が行えば、敵のドイツ空軍の戦闘機も低空戦闘を挑まざるを得なくなります。私が、これまでに操って来た戦闘機の中で、P-39戦闘機は低空戦闘に徹するならば、最優秀と評価できます。そうしたことから、戦闘機としても扱える、と私は考えます」
「成程な」
カテリーナの理路整然とした説明の前に、加藤少佐は肯かざるを得なかった。
確かにカテリーナの評価は、尤もなところがあった。
P-39戦闘機で対地上攻撃を行なえば、ドイツ空軍の戦闘機は必然的に低高度に降りてきて、それを阻止しようとせざるを得ないのだ。
そうした中で、低空戦闘を行なうならば、P-39戦闘機はドイツ空軍の戦闘機と十二分に渡り合えると言われれば、確かにその通りだ、と自分も考える。
他にも理由があったが、カテリーナの評価もあって、P-39戦闘機は日本陸軍に採用されることになった。
この辺り、この第2部が終わった後で、上手くまとまれば、という大前提付きになりますが、エッセイを投稿してフォローしたい、と考えています。
Pー39戦闘機ですが、それこそ、
「猫の前のカツオブシ同様に、零戦の前では好餌になる駄作戦闘機だ」
と昭和の頃は謳われていたようですが。
昨今の研究の深化によって、第二次世界大戦の東部戦線の航空戦では、
「Bf-109戦闘機どころか、Fw-190A戦闘機さえも、カモにした名戦闘機」
という高評価が為されているとか。
本当に評価は変われば変わるモノで、それに基づいて、この小説は描くつもりです。
ご感想等をお待ちしています。




